CAR-T療法が注目を集めてきましたが、T細胞を使う限りは問題が多過ぎるということで、CAR NK 療法とか CAR NK治療に徐々に研究者の注目がシフトしてきています。
CAR NK治療もCAR NK療法も同じものですが、どう呼ぶかは最初に多くの人がそう呼んだ、という経緯で決まっていきます。CAR-T療法はハイフンが入っていますが、たまたまCAR NK治療? 療法? の場合はハイフンが入っていないことが多いです。
昨年は、CD33CAR NK92 を用いた症例報告が論文発表された他、何本かの症例報告がでています。
CAR というのは複数の遺伝子を同時に標的細胞に導入(まあ、入れる、ということです)する技術です。従来法よりも歩留りが高いのが特徴です。 CD33CAR NK92 の論文を見ても標的細胞の9割くらいに目的の遺伝子を導入としています。 これは遺伝子治療とは全く異なります。遺伝子治療は体内の細胞に遺伝子を導入するもので、導入率が非常に低くなりますが、CAR NK の場合は体外でNK細胞に遺伝子を導入しますので、導入率がはるかに高くなります。 体の中は複雑すぎて思ったようにはいかないのですが、体の外ならいろんなことができます。
なぜCAR-TではなくCAR NK が注目されるようになってきたか。
T細胞を使う限り、大きな問題が二つあります。
一つは拒絶反応です。GVHD という問題もありますし、自己免疫疾患を発症するという問題があります。要するにT細胞は正常細胞も攻撃してしまうので副作用が激しいということです。
もう一つはサイトカイン放出症候群を発症しやすいということです。うまく制御できないと多臓器不全となり患者さんはお亡くなりになってしまいます。
医薬品メーカーとしては、患者さん本人の細胞を使う自家培養ではコストが下がらないので他人の健常な人の細胞を培養したいわけです。ところが、CAR-T療法として承認を取得したものや現在開発中のものは自家細胞、患者さん本人の細胞を用いるものがほとんどです。理由は、他人のT細胞を使うとGVHDや自己免疫疾患(自己免疫といっても、通常は本人のT細胞などが本人の正常細胞を攻撃して発症するのですが、この場合は他人の細胞に患者さんの正常細胞が攻撃されているものを含んでいってます)を発症するリスクがますます高くなるからです。
NK細胞を用いれば、他人の細胞に対して拒絶反応を示さないので、GVHD、自己免疫疾患、サイトカイン放出症候群いずれも発症しないであろう、と考えられ、さきほどのCD33CAR NK92 の場合も他人のNK細胞を使っているわけですが、発熱以外にほぼ副作用はみられていません。 もっともCD33を発現する正常細胞も攻撃しますので、多くの正常な白血球や骨髄幹細胞を攻撃するはずです。これといった副作用が見られていないのは、まだ治療強度が弱すぎたということであって、治療効果の方もまだ見えていません。とりあえず安全性の確認を目的にやった、としています。 安全かどうかというのは少し細胞を入れて安全かどうかではなく、治療効果を発揮するレベルの量で投入した上で安全かどうかを見なければいけないのですが。
また、CAR-Tの最大の弱点は、基本的にT細胞はほとんどがん細胞を認識・攻撃しませんので、CAR技術によって導入された遺伝子の産物がセンサーをつくり、そのセンサーが認識する標的物質を目印に相手の細胞を攻撃させるようにするので、標的物質を発現している細胞以外は攻撃しない、ということです。 CAR-T / CTL019 はCD19を発現するがん細胞と正常細胞を攻撃しますが、相手ががん細胞であってもCD19を発現していなければ見向きもしません。 その点、CAR NK であれば、CAR技術によって導入された標的認識の他にNK自前の認識センサーが働くので、CAR-Tよりも幅広く、様々ながん細胞を攻撃できるのがメリットとされています。 CAR-T療法は短期的に高い奏効率を上げることはあるのですが、1年もすると結構、再発を招きます。わずかでも標的物質を発現していないがん細胞が生き残れば後日、増殖し反撃してくるからです。 CAR NK ならCAR 技術では認識できないものも撃ち漏らさず攻撃してくれるのでは、と期待されているわけです。
他にもNK細胞にはメリットがあります。
CAR-Tの中で今のところ臨床上の効果が確認されているのはCD19を標的にする場合だけです。対象となるのは主にB細胞ががん化したリンパ腫の一部になります。 固形がんに対して臨床上うまくいったケースはありません。またリンパ腫以外の血液がんでもミエローマ(白血球ががん化したもの)には効果が見られません。 固形がんでうまくっていると主張するグループはありますが、あくまで実験動物を用い、リンパ腫系の腫瘍細胞を脾臓に移植した、などかなり特殊な条件で行ったものです。 なぜリンパ腫以外はうまくいかないのかはまだまだ諸説あり、という状況ですが、どうも固形がんはCAR-T細胞が腫瘍内部に侵入するのを許さないようです。 NK細胞を用いれば固形がんにもどんどん侵入し、またミエローマも攻撃するであろうと考えられています。CD33 CAR NK92 も治療対象はミエローマ患者です。
T細胞を使う最大のメリットは、培養が簡単で短期間の間に大量増殖することです。
NK細胞の場合は増殖スピードが遥かに遅いですし、野生型のNK細胞であれば細胞分裂の残り回数が少ないという問題があります。CD33 CAR NK92 で用いられたのはNK92 という名前のついたセルライン化された特殊なNK細胞です。 これは無制限にいくらでも増殖します。
野生型のNK細胞はどんなに高度な技術を用いて培養しても、そう何回も細胞分裂してくれません。寿命、つまりあと何回細胞分裂できるかが決まっているのです。 セルラインというのは、リミッターがはずれて何回でも細胞分裂し続けるものが用いられています。 NK92は非常に重篤な悪性リンパ腫の患者さんから採取されたNK細胞集団の中から、半ば異常化し、際限なく増殖するようになったものを拾い、一個の細胞を分離して際限なく増殖させたクローン(コピー)に名前をつけて世界中に供給されてきました。 NK細胞はセルライン化するとほぼ、がん細胞を攻撃する能力を失います。 こんなもので実験をするので、あのがんは攻撃しない、とか、NK細胞が攻撃しないがん細胞の話がたくさんでてくるわけですが、野生型のNK細胞は活性が高ければ攻撃しないがん細胞は見つかっていません。 NK92というセルラインは、セルライン化されたNK細胞の中では辛うじて細胞傷害活性が残っている珍しいもので、他にも数種類そのようなセルラインが供給されていますが、セルラインの中では傷害活性はトップクラスです。 またよくでてくる標的細胞のMHCクラスIについても発現していてもいなくても標的を攻撃します。
NK細胞のセルラインを使えばいくらでも増殖させ、最初から他人のものなので正に工場で量産し、CAR処理をして、製品として供給すればいい、と考えるわけです。
では私どもも今後、CAR NK治療の開発に注力するのかというと、そんな考えはありません。 ANK療法があるからです。 野生型のNK細胞の培養が難しいからわざわざ培養が容易ながら攻撃力の弱いNK細胞のセルラインを用い、攻撃力を強化するためにCAR技術を使うわけですが、CD33 CAR NK92 は、標的細胞がCD33を発現していなければ、それほど強力な攻撃をかけません。攻撃する相手が限られるわけです。 野生型のNK細胞が培養できればCAR NK をつくる必要はないということです。
ANK をCAR NK にしないのか、というと。 通常の治療にはわざわざ野生型のNK細胞の遺伝子を操作する必要性は見当たりませんが、特殊なケースではあるかもしれません。