藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

TOP

2008年12月13日

  

えとせとら

2008.12.12.
 
 
(今日は、昨日の続きです)
 
 
ある仮説に基いて行動しておりました。
「組織培養で製造するバイオ医薬品の中で、
糖鎖が大量に結合する物質を生産する場合、
培地にD-Mannnose を添加すると
歩留まりが向上する」、はず。 
というものです。
 
この仮説を世界の主要培地メーカーに
触れて廻りました。 それは正しい考え方だ、
と賛同する研究者はいませんでした。
それで、プラントを建てる決断をしました。
正確に言うと、プラント建設の意志決定を
できる人を説得する決断をした、ということです。
もう誰もが認める当たり前の話になっていたら、
恐らく競合メーカーが存在すると考え、もっと
慎重になっていたでしょう。
 
新しいことを始める、ということは、
誰にも認められない、のが普通です。
そしてもし画期的な考え方なら、
いわれなき誹謗中傷を受けます。
この時は、誹謗もされない、つまり
全く無反応で相手にされない、
という状況でした。
 
 
また、世界の主要試薬メーカーも訪問し、
更に、実際に市場に流通していた
他社のD-Mannnose もダミー商社を
使って買ってみました。
医薬グレードと呼べる品質の
ものはなかったのです。
唯一、競合となる可能性があった
シカゴ、Pfanstiel 社からは、わざとに
取引を始めました。
自分達で生産しているD-Arabinose
という製品を敢えて買ったのです。 
他社品のD-Arabinose を買って、

自社品の精製工程より前の段階で、
原料に混ぜてしまえば、
品質上も問題ないことは確認しておりました。

この物質は、化学療法剤の原料となります。
潜在的競合相手と取引をしながら、相手のプラントを訪問し、
経営者や技術者と話をしながら、相手の物の考え方、
体制や技術体系、基本的なプロセスなどを検証し、
品質上も、製造コスト上も、圧倒できることを確認したのです。
 
重要なのは、行政当局の考え方です。 
FDAの見解は微妙でした。
培地成分個々の製造メーカーにGMPを
適用するか否かについては、最終製品の品質に
与える影響を勘案し、最終的には
個別の判断となる、そうとしか言えない、
という状況でした。 
 
まだ、誰も動いていない、やるなら今。
最悪、D-Mannitol という医薬品の製造原料に使えるので、
元は取れる、逆に、D-Mannitol を生産していないメーカーに
とっては、自分達より決断のハードルが高い、
そう考えたのです。
それなりの物は簡単につくれるのですが、
糖の高純度品の製造は、意外と難しく、
経験の浅いメーカーには手を出し難いことも
重要な判断ポイントでした。
 
何年か時間がかかりましたが、やがて
米国の試薬メーカーから注文が急増し始めます。
この試薬メーカー、おそらく自社で製造するか、
Pfanstiel 社を採用するか、いくつかの可能性を
天秤にかけていたようで、当方が直接、ユーザーと
接触することがないよう、ユーザー名を明らかにしませんでした。
また、ユーザーと思しき医薬品メーカーにコンタクトしても、
培地の話は絶対にしません。 医薬品メーカーは、
開発中の製品の技術情報が
外部に漏れることを極端に警戒します。
大手培地メーカー各社の本社も廻りましたが、
何も知らない様子でした。
 
そこへJR Scientific という培地供給を生業とする
ベンチャー企業が飛び込んできました。
ここが試薬メーカーを通して、D-Mannnoseの
まとまった注文をしていたのです。
 
厳しい秘密保持契約があるので、ユーザー名や用途は
明かせないとする相手の経営者ニーフェンネジャー博士と、
延々、押し問答が続きます。 
いや、用途の詳細も分からないのに、これ以上、
プラント増設のリスクは負えないと、こちらも突っぱねます。
午前中、押し殺したような空気が漂い、先が拓けない
閉塞感が支配していました。 
ランチの時、気分が緩んだところで、藪から棒に、いきなり、
ユーザーは、大手医薬品メーカー〇〇社で、用途は、
血液凝固第8因子、ファクターエイトでしょう、と。
 
奇襲は、功を奏しました。 
相手は、驚いてしまったのです。
モロばれです。
当り! でした。
 
相手は、どうして秘密が漏れたのか?! ヤバイ、自分の責任を
問われるとマズイ、と相当、焦ったようで、何故、分かったのか
執拗に聞いてきました。 ほんとに驚いた、ということもあったのでしょう。
 
腹の中では。 (いや、こちらは、「知っていた」のではなく、
「当てた」だけであり、貴方が、何故、分かったのか? と質問
したから、ああ、予想は当ってた、と初めてそこで真のユーザーを
知ったのです) そう言ってしまうと、相手が秘密保持契約違反を
犯したことを証明することになってしまいます。
そこで、ユーザー、用途を特定できる論理的根拠を
説明しました。 これなら、ばれてもしょうがないでしょ、と、
理由があれば、彼は、秘密保持契約違反を問われることは
ない、と考えたのでした。
 
医薬品のライセンスビジネスを本業としていれば、世界の全ての
主要医薬品の開発状況をモニタリングするのは常識です。
また、FDAの審査プロセスから考えて、組織培養で製造する医薬品の中で、
糖鎖を含むもので、今、培地成分メーカーを訪問する必要がある、
しかも、出荷量の伸び具合や使用量も分かるのですから、
条件を絞っていくと、該当するものは他になかったのです。
 
この後は、猛スピードで事が進みます。
何せ、用途は、血友病患者が絶対に必要とする物質です。
従来からも、既存の血液分画製剤、ヒトの血液を原料に、成分を
分けて、いくつかの医薬品をつくる、そういう方法で、ファクターエイト
(血友病A型)、及び、ファクターナイン(血友病B型)が製剤化されて
いました。 その中に、エイズウィルスや、非A非B型と呼ばれて
いた謎の肝炎ウィルス(=C型肝炎ウィルス)が混入し、感染者が
出てしまったのです。 米国では、初期エイズ感染者はホモセクシャルの
男性(女性同士も、正式にはホモといいます)、次が、麻薬中毒患者でしたが、
日本の場合は、血液分画製剤から感染が広がったことは、周知の通りです。
薬がないと生きていけない、薬にはウィルスが入っているかも
しれない、何とかしなければ、という切羽詰った状況だったのです。
 
ところが、ファクターエイトは分子量のおよそ半分が、糖鎖です。
遺伝子工学によって、ファクターエイトの遺伝子を培養細胞に
導入し、蛋白質部分をつくることはできても、その蛋白質に、
糖鎖を山とくっつけなければ、体内に通常に存在するファクターエイトと
同じ機能を持つことができません。 ところが、培養に使う細胞は
そもそもヒトの細胞ではない上、「日頃」ファクターエイトなんか
作ったことがないのです。 そこへ、無理矢理ヒトの遺伝子を
放り込んだのですから、うまく糖鎖をくっつけることができないのです。
 
歩留まりが上がらない、というより、
まともなファクターエイトがつくれない
状況でした。 
 
 
この後、遺伝子組換ファクターエイトはスピード承認され、
従来より、安全な薬品を供給することができるようになりました。
それはとても良かったのです。
プラントも増産、ビジネスとしても収益を上げるのですが、
関係者には、新規事業成功物語特有の悲哀が待ち受けていました。
 
 
今日は、この辺で。

>>全投稿記事一覧を見る