日経新聞さんが、薬剤耐性をもったがん細胞が、薬が効きにくくなっている原因となる物質を特定したと報道されています。
薬剤耐性をもった肺がん細胞にインターロイキン34に結合する抗体を与えたところ、再び抗がん剤が効くようになったので、今度は免疫を抑えたマウスにヒト肺がん細胞(先ほどの薬剤耐性株)を移植し、抗インターロイキン34抗体を投与した上で、抗がん剤を投与したらよく効いた、とするものです。
実験をやられた北海道大学さんと提携しないのか、というお問い合わせもありましたが。
薬剤耐性となった状態から分離されたヒト肺がん細胞のセルラインは広く供給されております。その中にインターロイキン34を分泌するのがあることも前々から知られており、他の部位のがん細胞でも同様の傾向があることがいくつか知られています。
このセルラインは自らインターロイキン34を分泌するだけでなく、インターロイキン34を受けるレセプターももっていて、自分自身にもサバイバル信号を送っているとしています。
抗がん剤を投与すると白血球数が減少します。白血球自体が抗がん剤で殺されてしまうからですが、抗がん剤投与をやめると、すっと増殖に転じます。 たぶん、増えようとしているものは抗がん剤投与中からいたのでしょうが、抗がん剤によってやられてしまうため総数としては減り続けていたのでしょう。
抗がん剤投与後に増えてくるのは好中球をはじめ感染症免疫の担当細胞です。好中球は抗がん剤投与中から末梢血中に占める「比率」は上昇しています。 他にも制御性T細胞がよく目立って増殖してきます。抗がん剤投与後、どんどん増える白血球(リンパ球も含まれます)は、基本的に免疫抑制系なのですが、それは腫瘍免疫、がんとの戦いにおいて主役となる免疫細胞を抑制するもので、感染症免疫と闘う免疫細胞の絶対数は増えてきます。 NK細胞は白血球の増加と共に活性が抑制され、数も増えず、何年たっても回復しません。抗がん剤投与後によくつかわれる白血球分化誘導因子は、感染症免疫細胞の分化誘導を促進しますが、がんと闘う免疫細胞には抑制的に働きます。
今回、報道されたインターロイキン34は、CSF(白血球分化誘導因子)グループと関係が深く、結合するレセプターも同じファミリーですが、抗がん剤投与によって、後から目立ってくる様々なサイトカインのうちの一つ、ということです。
がん細胞はいろんなのがいます。 どんな薬で攻撃しても必ず平気なものがおり、あるいは逆手にとって増えるのもいます。 抗がん剤投与によって、感染症免疫を回復しないといけないという信号がでます。また、抗がん剤の副作用で激しい炎症が起こるので、炎症を抑えていかないといけない、と免疫抑制系の信号も強くなっていきます。 抗がん剤の副作用を抑えるためにステロイドの大量投与が行われますので、これに呼応して免疫抑制系の細胞も活発に活動します。 この複雑な状況の中で、インターロイキン34の分泌量も増えますが、今回のセルライン化された肺がん細胞が、もし、インターロイキン34を受け止めることで増殖にブレーキがかかるような作用を受けるのであれば、増殖毒として作用する抗がん剤に抵抗性を示すはずです。活発の増殖しているがん細胞が増殖毒である抗がん剤によって殺されていく横で、増殖ブレーキがかかったがん細胞が生き残る、ということです。
そこへインターロイキン34に結合して作用を封じる抗体を投与すると、肺がん細胞が増殖を始め、増殖毒である抗がん剤によって殺されてしまう、ということは理屈の上ではありえます。
ただし、例によって試験管の中と、マウスの体内での実験ですので、複雑な人体の中で複雑で多様なサイトカインがとびまくる状況下、いろんなのがいる複雑で多様な「雑種」である野生のがん細胞相手に、こうしたシンプルなストーリーが通用するのかというと、さてどうでしょうか。