藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

TOP

2009年01月21日

  

えとせとら

2009.1.20.
 
 
日本は、喉から手が出るほど、
ある能力をもった軍艦を欲しがりました。
世界に例のない、特殊な使い方を考えていたのですが、
真意を敵に悟られないよう、
 
「山の上の目標を撃てる船を買ってこい」
 
という命令をくだします。 丁度、頃合の船が
英国で二隻建造中ながら、発注主はアルゼンチン海軍でした。
当時、主砲も副砲も水平射撃に近い浅い角度でしか砲撃
できませんでした。 地球はまあるいので、水平線の向こう側は
見えません。 見えない敵を撃っても、普通は当らないので
(昨日、神懸かれば、当ることもある、という話でしたが)、
照準できるのがせいぜい7000メートルまで。
これなら、砲身を上に向けなくても、水平撃ちで十分な距離です。
当時は、装甲板で大砲を防護するようになってきたので、なるべく、
コンパクトにまとめたく、必要のない余計な動きは、
できないような設計になっていました。
 
ところが、旅順港の砲台は、山の上にあります。
当時の新鋭艦艇は一隻も、砲撃することができなかったのです。
 
そこへ、砲身を高く上げることができる巡洋艦がいる! ということで、
アルゼンチン海軍に、ロシアに勝つため、譲ってくれ、と外交交渉を
仕掛けます。 ロシアも必死に妨害します。 最終的に、譲渡の
合意を取り付けますが、この時、日本は、短期間の間に、次々と交渉や
契約をまとめていきます。 譲渡契約は当然、英国の造船企業との契約、
日本に回航する船長や船員の募集・選別・契約、保険契約、途中の
全ての港の燃料補給、食料確保、荷役業務委託から、入出港のサポート、
外貨の準備、、、、 と、船を海外から廻してくるとなると、
複雑な契約を山と交わす必要があります。
しかも、軍艦となると、複雑な国際法の規制があります。 
(厳密には、まだ、軍艦の要件を満たしていないのですが)
 
当時の日本人は、国際感覚のみならず、
語学も堪能な人が大勢いました。
 
私も、かつて、商社マンと言われた人種でしたが
(最近では、死語ですね)、
英語が本当にできる人は、廻りに殆どいなかったですね。 
試験では抜群の成績で、海外生まれ、とか、
留学、海外駐在10年選手なんて、ゴロゴロいました。  
医薬品部隊のメンバーの半分は海外の大学で
博士号を取っており、博士号がなくても、
海外の医学部のマスター、
あとは、薬事法対応のため、薬剤師が必要なので、
東大の薬学の人を定期的に採用していました。
文系の人も中にはいましたが、海外経験10年でした。 
私のような、理学学士で、英語を聞くと
頭痛に襲われるような人はいませんでした。
 
でも、みんな下手でしたね。 
 
所詮、商社の英語は、「これ、なんぼ?」の世界です。
大したことは言ってないのです。
或いは、学術的な専門用語を並べているか、
それなら、私でもできたのです。 
英語ができない私になんで、
人の英語を云々できるかというと、
話が噛み合っていないのは分かるからです。
 
質問の論点はここ、相手の答えは、?? 
論点がずれている、つまり通じていない、、
 
「あの、論点ずれてますけど、、  」
 
とチャチャを入れると、そういうなら、お前、喋ってみろ!!
と、恐れていた事態となります。
 
どうでもいいことを英語で話されると、
全く
、一語も分からなかったですが、
伝える「核」がはっきりあるとき、
或いは、どうしても、聞きたい「核」があるとき、
必死に、伝えよう、あるいは聞き出そう、とします。
どんなに下手糞でも、
真剣に会話に臨む姿勢は相手に伝わり、
真剣に訳のわからん関西英語を聞いてくれます。
通じなければ、通じるまで、言い方をかえて、
何度でも向かうのです。  
その内、通じる時がきます。
会話が噛み合うので、通じた、と分かるのです。
 
格好をつけて、ほんとはわかっていないのに、
適当に済ましてしまう日本人が多くなってしまったんですね。 
実は、その方がよっぽど、「格好悪い」というのが、世界の常識です。 
 
金融危機、パンデミック、環境問題、2-3人に1人ががんになる、、、
この状況で、普段から、真剣に、「何故?」を問い、
物を深く考え、人と深い会話をし、どう行動するか、考え、
答えをみつける訓練をしてないと、ほんと、えらい目に遭いますよ。
訓練しても、えらい目に遭うでしょうけど。
 
 
大体、相手はこういう意味で言ってるもの、
と、勝手に思い込んで、
会話が止まっているのではないでしょうか。 
聞けばいいのにね、相手に真意を。
 
 
日露戦争当時の日本人は、必死だったんですよ。
欧米列強の正体を見抜いていたのです。
この、とんでもない敵を相手にするのに、
語学を学ぶのは、当然だったのです。
船を買う、と決めたら、買えるまで、交渉したんです。
買ったら、日本へ運んできたんです、何してでも。
 
 
アルゼンチンに譲ってもらった装甲巡洋艦「日進」、「春日」は、
旅順港内のロシア艦隊に対し、山越しに、艦砲射撃を加えました。
港の入り口に、水雷艇が接近し、無線を使って、
「今の、もうちょっと右」という具合に、誘導したのです。
世界で初めての、電波を使った間接照準射撃でした。
敵は、ノーガードで、反撃もできません。
急に動くこともできません、蒸気機関ですから、
お湯を沸かすのに時間がかかるのです。
しかも、高い位置から殆ど垂直に猛スピードで砲弾が
おちてくるので、水平射撃より遥かに船体に与える
打撃が大きいのです。
 
この一方的に美味しい関係も、長くは続きません。
ロシア側は、正体不明の電波を傍受しました。
何を言ってるのか、日本語なので分からなかったそうです。
(勉強不足!!)
でも、智恵を働かせ、
とりあえず、同じ周波数のホワイトノイズ、
つまり、妨害電波を発射します。
今日、ECM(電子戦対策)というのは常識化してますが、
この時、ロシア軍の取った行動は、世界で初のECMと
言われています。

>>全投稿記事一覧を見る