かつて、日本では、免疫グロブリン製剤なるものが年間、数百億円も売られておりました。
正確な数字は覚えておりませんが、「数百」というのは、5百億円より大きかったと思います。
日本の免疫グロブリン製剤使用量が、世界的に群を抜いていたこと、その製造のために血液を大量に輸入していることが諸外国から非難の的になりました。
その後、日本は血液自給化に力を入れ、また血液分画製剤というのですが、人間の血液を原料とする医薬品の薬価を引き下げ、市場縮小圧力をかけていきます。
ちょっとややこしいのですが、国民健康保険適用になると、かつては単純に、薬価が高いほど、よく売れました。
今は、一概にそうともいえないのですが、この「一般には理解しがたい」国民健康保険の薬の値段特有の不思議については、今回、棚にあげます。
さて、グロブリン製剤って、何ものでしょうか。
人間の血液の成分をいくつかに分け精製すると圧倒的に量が多いのが血清アルブミンです。これは、現在、遺伝子工学でも作れるようになっています。つまり、人間の血液を原料とする必要がないのです。 私は、この特許を巡って、かつてビッグバトルを演じたのですが、当時の敵方だった人達が、丁度、今、データ改ざん問題で処分され、新聞を騒がせています。 この辺の話も棚の上の方にあげておきましょう。
ひとつずつ、血液分画製剤が遺伝子工学品に置き換えられていきましたが、免疫グロブリン製剤はどうにもなりません。
これ、いってみれば、抗体の天然ミックスなのです。 一種類の抗体であれば、遺伝子工学の技術でつくることもできます。遺伝子工学を使わなくても、古典的なモノクローナル抗体の製法でつくることもできます。 ところが、天然ミックス、色んな抗体がチャンポンとなるとつくりようがありません。
血液分画製剤は、沢山の人の血液を混ぜて、そこから精製していきます。 つまり老若男女を問わず「一般的な人々」の体内を流れる血液の中にある抗体。
その中には、特定の感染症にかかっていた人もいるかもしれませんが、健康状態に異常がある人は献血なんかしません。 そこそこ普通に暮らしている人達ですので、そう滅多に、特定の病原体が暴れていた人の体内の抗体が含まれることはないでしょう。
ヘビ毒の抗血清であれば、ヘビの毒をウサギや馬に注射して、その毒を認識する抗体が沢山つくられた状態の血清をとってくるわけです。 ところが、ヒト免疫グロブリン製剤をつくるとき、献血してくれる人達に事前にヘビに咬まれてもらう、とか、何か菌に感染してもらう、という事前準備はやってません。 ただ、いきなり、血を採るのです。
何を標的としているのかよく分からないのに、血液の中には、大量の抗体が普段から存在しているのです。
で、これをどう使うのでしょう。 実は、臨床医の評判はすこぶるよかったのです。 感染症に苦しんでいる患者さんに免疫グロブリン製剤を投与するとてき面に効果が出るのである、と。
まず、解熱剤では下がらなかった熱が下がる、と。
ANK療法では、熱は十分な免疫刺激に必発のものなので体がよくなるため、と、耐えていただいて欲しいのです、とそう説明しています。
入院中の感染症の患者さんのひつこい熱が下がる、というのを「いい」サインなのか、免疫反応が止まってしまったサインなのか、単純に決め付けるわけにはいきませんが、どうやら、免疫グロブリン製剤を投与したあとは、感染症が治まり、体も楽になって、その結果として熱がさがっていくようなのです。
さて、そもそも特定の抗原を投与していない人の体内で普段から大量につくられている抗体。 その抗体を感染症患者に投与すると、なぜか、感染症が治まるという事実。
これは何を意味しているのでしょうか。
出産後、赤ちゃんに与えられる初乳には大量の免疫グロブリン、まあ抗体ミックスが含まれており、赤ちゃんの小腸から血液の中へ吸収されていきます。抗体は巨大なたんぱく質ですが小腸からたんぱく質がそのまま吸収されるというのは何も珍しいことではなく、学校で教えるたんぱく質は胃腸で分解されて吸収されるという決めつけは間違っているのです。で、赤ちゃんの血液を流れる大量の母からの贈り物。あれはいったい、如何なる抗原に反応する抗体なのでしょうか。
特定の抗原を注射して、つくられた抗体を調べる研究者は沢山います。 ところが、体内に普段から存在している抗体が、どんな物質を標的にしているのかつぶさに調べている人の話は、聞いたことがありません。
実際、どうなのか、確認はできませんので、何となくそういう気がする、としか申し上げられないのですが、普段から、バクテリアやウイルスに対する抗体は、ある程度、量産され、血液中を流れているのではないでしょうか。
免疫グロブリン製剤に含まれる抗体は、もう抗体としてつくられた後なので、今更、患者さん体内のバクテリアやウイルスに合わせて性質を変える、ということはありません。 事前に、決まっている相手に結合するだけです。 つまり、感染症に対して、特定抗原に感作していないはずの免疫グロブリン製剤が効果を発揮する、それも即効性がある、ということは、普段から、どんな感染症にでも対応できる抗体セットが用意されていたのである、という可能性を示唆しています。
遺伝的にT細胞が成熟しないタイプの方でも、B細胞が成熟するのであれば、抗体は通常通り産生されており、バクテリアの感染症に対して、特に弱くならない、という話を前回させていただきましたが、「抗原を分析して、T細胞が抗原情報をB細胞に伝える」という常識となったプロセスは、未知の抗原を人為的に投与する実験の場合に観察される現象であって、体内を流れる抗体の大半は、そんなものには関係なく存在しているのかもしれません。
実験しやすいデータが集中的に発表されるわけです。
たまたま狙って取った一つの抗体のデータは扱いやすいのですが、体内のどれだけ種類があるのか分からない膨大な抗体の詳細を研究するのは大変です。やる人がでてきません。
研究は、ある時期、特定テーマに集中することで効率よく一気に進む、そういう一面はあり、またそれによって、ある事実が浮かび上がることはあります。 では、ほんとうに全体をみているのか、というと、その保証はありません。
NK細胞という、扱い難い細胞を研究テーマに選ぶ人は少なく、データを取りやすいT細胞に研究者は殺到します。 すると、T細胞の情報だらけになります。 結果、がん細胞を傷害する主役であるNK細胞のことよりがん細胞は苦手とするT細胞や樹状細胞の話題ばかりがメディアに取り上げられます。