2010.6.1.
iPS細胞には、がん化の問題や、自己免疫疾患の問題があるのに対し
ES細胞は、正常細胞そのままで、遺伝子操作をしてませんから
同様の問題は発生しない、有望な細胞なのか、というと
それはあくまで、両者を比較した場合の話。
分化度が低い細胞を用いて、体の外で、組織をつくりあげてから
体内に移植する、その考え方自体に、問題があります。
がん治療の免疫細胞療法の場合と逆の話になります。
免疫細胞療法の場合は、患者体内の免疫抑制が強すぎ、
体内で、免疫細胞を活性化させるのが無理か、どうしても
活性化するには、患者生命にとって危険なレベルの刺激が
必要です。
そこで、免疫抑制のかかりにくい、患者体外で免疫細胞を
戦力化するわけです。
再生医療の場合、「抑制」という要素を考える必要がありません。
(免疫システムの再生なら、抑制をどうするかが問題になりますが)
むしろ、体外で、下手に培養を重ね、コストをかけ、
難しい制御をしながら、組織をつくりあげたとしても、
体内に戻して、周辺組織と、「うまくやっていけるのか」が
問題になります。 再生能力が高いのであれば、再生医療を
実施する意味はないわけですが、再生能力が低下している
患者さんに、体外で作り上げた組織が、どうやって、周辺組織と
混ざり合い、溶け合い、融合していくのか。
つまり、「組織つくり」を、体外でやるのではなく、
幹細胞を、体内に投与し、体内での再生・組織形成を
促す方が、遥かに現実的なのです。
放置すると、自然に組織再生しない状態に陥っていても、
幹細胞を投入すると、幹細胞が増殖し、その組織で必要と
されている細胞に分化し、増殖し、失われた組織を再生する
こういう現象が、実際の患者さんの治療効果として、
知られています。
主に対象となるのは、神経や筋肉など、幼少時に組織形成した後、
殆ど細胞分裂をしない組織や、手術などで、ごっそり正常組織を
えぐってしまった部位の再生です。 実際に、中枢神経の損傷により
言語障害や、行動障害が発生していた患者さんに、ある種の幹細胞を
投与すると、幹細胞は自然に傷害部位に集まり、組織を再生し
機能回復した症例が報告されています。
また、乳がんの手術により、どうしてもへこんでしまう乳房の
再建術として、幹細胞を投入する手法が、実用化されています。
こうした、再生医療には、体幹細胞という、ES細胞よりも、もっと
分化が進んだものが使われます。 そのため、どんな細胞にでも化ける
ことができるわけではありません。 採取のやり方は、骨髄から
採る方法や、脂肪組織の中から分離する方法など、いくつかあります。
体外培養により、増殖させるケースもありますし、最初から大量に
採取して、増殖せずに、そのままいきなり、投与する方法もあります。
脳内の中枢神経を再生する場合、そう簡単に局部に幹細胞を投与する
ことができない場合もあり、体外培養によって十分増殖させ、
それから静脈注射で戻す方法がとられることがあります。
乳がん手術後の乳房再建術の場合は、体外培養による増殖など
やりません。 いきなり、分離した幹細胞集団を、直接、局部に
投入します。
乳房再建術を実施中のバイオマスター社の社長さまは、
うちは、培養による増殖など、高度な技術は使っていません、
と謙遜して、おっしゃってましたが、正に、患者さんが求めるものを
余計な技術を使わずに、シンプルに実現する、
原理原則に則った手法と考えます。
メディアは、手のこんだ技術が高度であるとし、一個の細胞から
人間の組織を作り上げる技術を素晴らしいと報道しますが、
大切なことは、困っている患者さんを助けられるのか、ということです。
そして、余計な「加工」をすればするほど、自然の細胞は異常化し
がんになったり、自己免疫疾患を誘導したりします。
患者さんが求めることを実現する、もっとも最短の、無駄な技術を
使わない治療法こそ、理に適っていると考えます。