2011.7.12.
その後、テラさんが出願を発表された特許について
問い合わせは2件。
免疫細胞療法をとりまく特許の全体的状況や
リンパ球バンクの方針については、長くなりますから
別の書き込みにさせていただきます。
テラさんの特許の内容は、先述の通り、公開されないと
読めませんので、現時点では、何が書いてあるかは
分かりません。 共同出願者である九州大学の研究者の
最近の研究動向や論文などから、ある程度、推測することは
可能ですが、あくまで推測にすぎないことは断っておきます。
九大の先生の本職は、循環器系の外科で、免疫の専門家では
ないようです。最近は、遺伝子治療についての研究活動が
ご活発のようです。
「おそらく」ですが、仙台ウイルスの遺伝子を改造したものを
樹状細胞に感染させ、感染樹状細胞でリンパ球を刺激した、
概ね、そのようなものと推察します。
仙台ウイルスを樹状細胞などの白血球に感染させることで
免疫刺激物質が放出されることは、1960年代に確認されています。
当時は、仙台ウイルスが他のウイルス感染を干渉するために
放出する物質と考えられ、「干渉粒子」=インターフェロンと
名づけられました。 その後も、ウイルス感染によって、
免疫刺激を誘導する技法は数々、開発されています。
ところが、ウイルスが増殖してはまずい、そういう配慮から
一回、細胞の中には入る、ところがその後は、増殖しない、
遺伝子の一部を削った改造ウイルスがつくられます。
こうした「改変ウイルス」は、遺伝子治療にも、よく使われます。
白血病患者さんの治療として、治療用遺伝子を
組み込んだ改変ウイルスを、実際の患者さん3名に感染させた
臨床試験が実施されたのは、1975年のことです。
この時は、仙台ウイルスではなく、もっと強力な別の
ウイルスが使われていますが、考え方は同じです。
細胞に侵入後、遺伝子は持ち込むが、それ以上、
増殖しないように改造したウイルスを用いています。
NK細胞を研究用に培養し易くする方法として、
フィーダー細胞が使われています。
ネズミのB細胞にEBウイルスを感染させ、一緒に培養するのです。
フィーダーというのは、餌を与える、という意味ですが、
ネズミさんの細胞のベッドに包まれ、何だ! ネズミの細胞だ!!
と、戦い続け、圧倒的に数が多いフィーダー細胞との戦いに疲れ果てて
死んでいく高活性NK細胞もいれば、ぼーっとしているNK細胞も
中にはいます。 程よい刺激を受けて、程よく元気になるNK細胞もいます。
この方法で、最終的には、一個のNK細胞が細胞分裂を繰り返した
クローン培養(コピー培養)された集団をつくり、
その性質を調べ上げて、NK細胞のセルライン(細胞株)を
確立します。 この種のNK細胞は増殖も容易で、研究材料としては
扱いやすいのですが、特定のがん細胞は攻撃しない(他のがん細胞は
攻撃する)欠陥をもつ傾向があります。 代表的なものが
MHCクラスI分子を発現するがん細胞を攻撃しない「特殊な」
NK細胞株です。ですが、このフィーダー細胞を用いる系では
よくMHCクラスI発現がん細胞が抵抗性を示すNK細胞を
拾ってしまいます。
NK細胞を刺激する上で、特定の免疫原性シグナルに誘導すると
歪なNK細胞を拾ってしまう危険があります。
人体の中に存在する、多様なセンサー群をもつNK細胞を
そのまんま増殖させることが重要です。
すると、どんながん細胞でも攻撃する集団ができあがるのです。
樹状細胞に限らないのですが、免疫細胞にウイルスを感染させ
他の免疫細胞を刺激する、というのは、考え方として古典的手法です。
また、90年代には、上述の改造仙台ウイルスを樹状細胞に
感染させ、NK細胞と共培養することで、腫瘍細胞に対する
傷害活性を高める、とする国際特許が欧州から出願されています。
ここまでは、目新しい話ではありません。
また、がん細胞や、遺伝子を改造したがん細胞、など
さきほどのウイルス感染細胞のみならず、異常細胞の類を
一緒に培養することで、NK細胞を活性化し、増殖させる
という技術はいくつも知られています。
もっとシンプルなのは、インターロイキン2で刺激すると
NK細胞の活性は、健常人以上にあげることが可能ですし、
増殖させることも可能です。
NK細胞を活性化する、あるいは、増殖させる、
そういった要素技術は、いくつも知られているのです。
ANK療法に用いる培養技術の特徴は、日頃、「活性化と
増殖を同時に実現」としていますが、厳密にいうと、
「がん治療の実用に供するレベルで、活性化と増殖を同時に実現」
しているのが特徴です。
がん患者さんのNK細胞は、強く抑制されています。
数も減っています。
放射線や化学療法を受けると、傷んでいます。
一人ひとり、異なる状態のNK細胞が、患者さんによって
各々、バランスなどが異なるほかの免疫細胞集団と一緒に、
採取されてきます。
そこからスタートして、がん治療として意味のある治療強度まで
高めるのが難しいのであって、一時的に活性を高めたり、
増殖させることはできるのです。
ところが、十分な戦力を整えるまで培養している途中に
様々なトラブルが発生します。
一夜にして、NK細胞がバタバタ死ぬこともあります。
生き物ですから、いろんなことが起こるわけです。
NK細胞を刺激する方法はいくつもあるのです。
ところが活性を高め、増殖中のNK細胞は非常に
繊細なので、少し手を抜くとすぐにダメになります。
結局、生き残ったNK細胞は活性の低いものばかりになる
これが、大きな技術上の課題の一つです。
他にも課題はいくつもあります。
ウイルス感染細胞や、がん細胞といった異常細胞を
使用すると、NK細胞の活性化・増殖をやりやすくなることは
よく知られています。 ところが、こうしたものを使って、
患者さんの体の中に、戻していいのか、という問題があります。
ANK療法では、既知の医薬品や医薬品グレードのもの、
人体への使用実績が多いもののみを使っています。
改造遺伝子やウイルスを混ぜたとなると、安全性の担保が
問題となります。
例えば、繊維芽細胞をセルライン化したBALL-1細胞
というものに、仙台ウイルスを感染させ、天然型ヒトインターフェロンαが
製造されています。 この薬のDMF(ドラッグマスターファイル)
という書類を、米国FDAに提出しましたが、大型段ボールで20箱も
ありました。当時は、電子提出はまだ一般的ではなかったので
紙で提出したのです。 その中には、仙台ウイルスが製品に混入する
可能性の検証について、それはそれは大枚の資金を投じたデータが
山のように記載されています。 実際、ウイルスを排除するプロセスが
幾重にも組み込まれているのです。
ウイルスは、増える状況になったら、猛烈に増えてしまいます。
遺伝子を改造したウイルスを用いると排除されていることの証明が難しく、
人体に投与した際の危険を否定するのが大変になってしまいます。
しかも、インターフェロンというたんぱく質を精製するプロセスは
生きた細胞では耐えられない過酷なものも含んでいます。
そういう過酷な条件は使えない免疫細胞療法において、
どうやって、ウイルス排除を実現するかは、大きな課題です。
なので、免疫細胞療法を行う場合、ウイルスや遺伝子改造、がん細胞と
一緒に培養する、こうしたことは行わず、既知のものの組合わせで
実用化することを考えるのです。 CTLについては、がん細胞と
一緒に培養していますし、ATL患者さんや多発性骨髄腫の患者さんの
場合は、培養器の中にがん細胞がいるわけですが、この場合は、
患者本人の体内から取り出したがん細胞です。他人のがん細胞では
ありませんので、新たな発がんウイルスや、新たな発がん遺伝子などが
混入するという可能性はありません。