放送後1週間ほど経ってしまいましたが録画したものを拝見させて戴きました。
昨今、話題沸騰のトルコ南部ギョベクリペテ遺跡のロケ映像が流れていましたので、あの場面だけでも価値があると保存用HDにコピーしました。
1万1500年前の「神殿?」跡なのですが、もちろん神殿だろうと私たち現代人がそう思っているだけで本当に何だったのかはわかりません。ただ何か宗教的な施設のように見えます。 よく調査されている遺跡の中で、本格的に巨石を加工して作られたものとしては人類最古の神殿(のようなもの)ということになります。
この番組は「お酒」がテーマですので遺跡の全体像については触れていなかったですが、お酒に関してもこの遺跡からは人為的に醸造する設備と考えられる人類最古のものが発見されています。
この遺跡の調査結果は人類史にまつわる通説に次々から次へと疑問を投げかけるきっかけになりました。
人類は氷河期が明けた後ほどなく農耕を始め、安定した食料を確保し人口爆発を起こした。やがて種植えや洪水等の時期を正確に予測する天文技官が神秘的な力を宿す者と思われるようになり権力の元となって神殿が作られた。豊富な食糧を背景に権力を有する者が富を蓄え、特に備蓄可能な穀物が都市や富裕層の資産としての役割を果たし、飽食の文化から酒も生まれていった。
大体、このようなイメージで語られてきたわけですが、実際には農耕を始めてから餓死する人は逆に増えたことがわかってきました。まあ人口の母数が増えているのですから餓死者の絶対数も増えるわけですが農耕が始まると気候変動の影響をモロ受けるようになり不作の折には狩猟採集生活よりも厳しい状況に直面したのです。狩猟採集時代は自由に環境に恵まれた遠隔地へ移動することができましたが畑や田んぼを整備するとそれを捨てるには重い決断が要ります。また、穀物生産量の増加は人口増も招きますので、いざ不作となると食べる口が増えているだけに一気に食糧危機に陥ったのです。また「現代病」の多くは農耕開始と共に始まりました。現代病という時、現代とは1万年以上前からの時代ということだったのです。人類の体長、脳の容量は農耕開始後、開始直前より概ね3割ほど矮小化しています。
と、この遺跡にまつわる話を広げてしまうと人類史全体の一大転換点ということになってしまいますので番組のテーマたる「お酒」に話を戻しましょう。人類は麦を作り出して、まず「お酒」をつくったのです。食べる前に飲んだ、のです。 文字通り「食前酒」だったのです。
番組では石臼に水を張り、石で挽いた麦の粉を溶いて、焼いた石を投じて加熱し粘土のようなもので蓋をし、待つこと3ケ月でビールができた実験の模様を放送していました。
実際には麦の粉を水で練って、推測ではありますがおそらく熟した果実を少し混ぜ、巨大なコッペパンのようなものをつくり、これを葉っぱで包んで焼きます。焼くといっても表面が少し茶色っぽく硬めになる程度で中はホカホカです。 醗酵を促進させておいてから先ほどの大きな石臼に入れ、そこへ麦粉を混ぜた水を注げば、翌日にはすでにビール様の飲み物になるそうです。
この遺跡のすぐ近くには野生の麦の原種の原生地があります。種が少しできてはすぐに飛んでしまうので、穂にたわわに実がなりませんので、これを食べるには年中じっとがまんの落穂ひろいを続けるしかありません。実際にはとても食べれるようなものではなかったのです。これを古代人は徹底した遺伝子管理を行い、現代と同じ手法、いわゆる優性不稔種を介した人為交配を繰り返すことで今日の栽培植物としての麦の原型を作り出しました。 そして、食べるのではなく、まずビールをつくったのです。 先ほどのビールをつくるためのパンのようなものというのは、つまりパンそのものなのです。これを数十年という説から100年以上とか、まあ幅はありますが、「しばらくの永きにわたり」食べなかったのです。
食べるために農業を始め、余った農作物で酒をつくったのではなく、まず酒をつくったのです。
次いでに申し上げると、人口爆発は農耕開始前に始まっています。この遺跡だけではありません。アジアであっても南米であっても、栽培植物が確立された地域はどこであっても同様の傾向を示しています。狩猟採集民が移動生活から定住へシフトしたのです。 それも互いに戦いあってきた部族同士がひとつにまとまったのです。 ホモサピエンスはこの遺跡よりも数万年前、すでに大規模集団を編成した可能性が指摘されています。家族長を中心に配偶者や子供、それに準じた濃い血縁者ばかり最大でも20名以内のバンドしかつくらなかったネアンデルタール人は何万年も同じ道具を作り続け、環境変化により大型の獲物が激減すると共に姿を消していきました。ホモサピエンスはこのほ乳類の掟、血縁のしばりから解き放たれました。それにはある種の宗教的な営みが関係していることがわかっています。原因はともかく突然、血縁がかなり遠い集団同士が共同で生活するようになり、異質な者同士の交流が多様な文化を生みました。そしてネアンデルタール人を圧倒する様々な道具を作り出し、環境変化を生き抜きました。 それでも大きな集団となった部族民同士、互いに遭遇すると殺し合い、互いを食べ合うという状況は続いていました。
番組でも人々が酒を酌み交わし、緊張がほぐれて仲良くなった。ところがそれまでは戦いが絶えなかったと、殺人の証拠となる遺骨の映像も紹介しながら説明していました。
従来の通説通りではなく、人類は突然、多数の部族が移動生活から定住生活へシフトし、それも数百キロ以上離れたエリアで活動していた部族同士が大同団結して巨大な定住地をつくり、いきなり神殿をつくったのです。 自分たちの住居は骨や革などで作ったのでしょうが中々、考古学的な証拠がみつかりません。それがいきなり50トンもの巨石の塊を何百と切り出し、巨大神殿のように見えるものを突然創り上げたのです。自分たちの家も石でつくるようになるのは遥かに後の時代になってからです。
そして神殿の周りで栽培植物を確立し農業を始め、まず酒つくりから始めたのです。
定住を始めると農業を始める前から人口爆発が始まりました。 人間の子供は自分で歩くようになるまで時間がかかります。かなり重くなって抱えるのが難しい大きさに成長しても自力では長距離移動についていけません。移動続きだと毎年、出産、子育ての連続とはいかなかった、と考えられています。 人口が増え過ぎないように出産が続くと産んでも育てないという行動は現代の移動生活部族にもみられる風習です。定住すれば、赤ちゃんを地面に転がしておいてもいいわけで一気に子育てキャパが増大したと考えられています。 農業が始まるのはその後であり、しかもしばらく酒の醸造原料としてしか活用しなかったのです。
なぜお酒なのか?
なぜパンよりビールが先なのか?
番組では1200万年前、人類、チンパンジー、オランウータン、ゴリラ等の共通の先祖が突然、アルコールを分解する強い酵素をもったとしています。アルコールデハイドロゲナーゼというのですが、アルコールから大量のアルデヒドを作り出します。アルデヒドは毒ですが、これを分解するアルデヒドデハイドロゲナーゼはもともと備わっていました。 森が乾燥化によって衰退し食糧危機が訪れた時に地面に落ちてアルコール発酵している果実を食べても酔っぱらわない突然変異は進化上優位だったと説明しています。
実際には酒を飲む動物は多いのです。
熟していない果実は植物にとって「食べるな!」状態ですのでよく毒が含まれています。熟してくると毒も薄れ、酵母醗酵が始まりアルコール臭が漂います。すると今度は「食べても大丈夫!」「早く種を運べ!!」というメッセージですので、動物は好んでアルコール臭のする果実を食べます。野生でもよっぱらってしまう動物はよく見かけられます。 もともとアルコールにはもう安全だというメッセージがこめられているのです。 そしてもちろんアルコール分解能を高めた私たちの祖先は相当、醗酵が進んだものでも平気で食べることができるようになり生存上有利になったのはその通りでしょう。 番組ではアルコールをのむと更にアルコールを求めるようになる傾向について説明していましたが、元々、アルコールにはこれは安全だから、と快楽中枢を刺激する作用があるのです。
さて、更に時代が下り、揚子江中下流域でジャポニカ米を栽培していた倭人の間にアルデヒド分解酵素が弱くなってしまう突然変異が発生し、優勢となります。 アルコール分解酵素がアルデヒドを次々につくり、今度はアルデヒドを分解すべき酵素が弱くなってしまったのでお酒に弱くなったわけです。実際、最も倭人比率が高い中国人はお酒に弱い人が日本人より多いですが、番組でもお酒に弱くなってしまった人の割合を韓国人2割、日本人3割、中国人4割という調査報告を紹介していました。あんまり違和感ないですね。
なぜそのような変異をもつ人が優勢になったのか。
これは「こうだ」と断言できるものではありませんが、水耕栽培を行っていたため寄生虫等の被害が多く、アルデヒドの毒が体内にたまってしまうお酒に弱い体質が病原体を排除することにつながり結果的に生存適者となった、そう番組では説明していました。 単にお酒に弱い人はそれほどお酒を飲まないのでアル中になる人々より生存適者であった、その方が説得力があるようにも思いますが、なぜ水耕栽培を主な生業とする一部の人々に広まったのか、というポイントを説明する必要があります。 水耕栽培を始めた倭人は山の斜面に棚田を作りました。揚子江のような大河はかなり暴れますので河原に田んぼをつくるなら大河川の流れを変えてしまうレベルの余程の水利工事をしないと村ごと洪水で呑み込まれます。棚田の水利システムは濾過された綺麗な水を常時確保することを可能にします。水は淀むと水質が悪化し寄生虫が増えますが、棚田のシステムでは絶えず濾過された清水を投入し古い水を重力で容易に排水することができます。斜面にはよく日光が当たりますし、浅く水を貯え降り注ぐ日光で紫外線消毒した水を飲むことも簡単です。紫外線は多くの病原体を強力に殺菌あるいは消毒します。 そもそもモンスーン気候で夏に雨が多い地域でないと夏に大量の水を必要とする稲は栽培できませんし、水耕栽培はましてや無理です。倭人は水資源にとても恵まれていた人々ということになります。こうなるともうお酒を飲まなくても真水を飲むことができます。 一方、麦は冬に水分を必要とする作物ですが必要な降水量はざっくり稲の3分の1以下です。倭人たちよりはるかに水資源が限られ、特に夏にそれほど雨が降らず、高温で乾燥した平原となると良質の真水の確保が大変です。古代のワインはよくアルコール「消毒」されたワインと泥どろに濁った飲み水とを混ぜて飲まれていました。ブドウは自然の濾過装置でもあり、お酒はアルコール消毒された貴重で安全な飲み水でもあったわけです。 水耕栽培を始めた人々とはむしろ綺麗な水が大量に手に入るのでアルコール飲料に依存しなくてもよくなり、アル中になりにくい遺伝子の方が優位になったのかもしれません。
また番組ではエチオピアのある部族がもろこし醗酵酒だけを食糧として健康に暮らしている様子を紹介していました。小さな子供から濾過していないビールの原酒のようなものをひたすら飲んでいます。エチオピアでは今日でも主食は独自のテフという穀物であり、これを醗酵させてスポンジ状に焼いたものをカレーにつけたりして食べるのですが、かなり酸味があります。カレーと合わせるとおいしいです。
アルコールを求める背景は自然に生成する果実酒の熟し具合のバロメーターであった、さらに加えて穀類を醗酵させることで栄養価を高めていた、また番組では一切触れていませんが穀類には毒があります。醗酵によって穀類に大量に含まれる毒を分解できるので、案外、人類史上最古と現在では考えられている遺跡で1万年以上前に暮らしていた人々は、ひたすら醗酵麦酒、つまりビールの原型を主食として飲み続けていたのかもしれません。 もちろん狩猟採集生活を移動しながら続けていた人々ですから従来の食糧も食べていたでしょうが。
最後に番組では触れていなかったですが、アルコールの語源について。al co hol 3つの音節に分かれますが、いずれも独立した単語だったのが合わさったもので、どれもが「神」という言葉です。hol はよく登場する古代エジプトの神。日本語でもホルと読んだり、オルと読むこともあります。coは英単語の音節としてよく使われていますが、神という意味です。com とか con になると神と共に、という意味です。医療でいえばコ・メディカルなど。英語で会社はcompany、意味は神と共に生きる人々の集まりという意味です。株式会社は元々プロテスタントが信仰を布教する目的で血縁や王侯貴族を中心とする組織とは違って同じ信仰をもつものの結社として作ったものです。他にもco はいくらでも英語の中に浸透しています。al はアルともエルとも言います。エルと、はやり神という意味であるit をつなげて神に選ばし者でエルイット=エリートです。エルドラド、アルジェリア、アルゼンチン、至るところにアルやエルが使われていますが、語源はヴァアルの神です。神が3つも重なるアルコール。 アルコール=「神神神」 日本でも米を芯の硬く青いところまで研ぎ、混じり気のない良質の素材だけでつくった清酒を飲むことで神と交流し生まれるのが「米を青くして神」で「精神」と言います。