藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2020年04月06日

  

免疫

マスメディアの方が新型コロナウイルスに対する血清療法の件をとりあげ、これはいいと思いますけどとコメントしていました。感染患者で健康を回復した人の血清を症状が進行中の感染患者に投与するというものです。それはいいのでは、と思う人は身の回りにもいらっしゃるのですが、このやり方は劇症化を招くリスクがあります。

 

え? 治った人の血清だから、ウイルスをやっつける抗体がたくさん入っていてそれを患者さんに投与したらよく効くのでは? と考える人が多いようです。 相手が毒素ならいいのですがウイルス相手の場合は逆効果になることもあります。

 

毒蛇に咬まれたとします。コブラや、コブラより強い海ヘビに咬まれたらもう何をやろうにも間に合いませんが、もっと進化したヘビ、マムシとかハブは能力は高いのですが毒はその分弱いのですぐに措置をすれば命は助かります。その際、抗血清を投与すると体内の毒を中和してくれて症状が緩和することがあります。毒は増えませんし、とりあえず体内に入った毒素にベタベタ中和抗体をはりつけておとなしくしてもらうということです。抗体が結合した毒がどこへ行くかですが、抗原抗体複合体のまま細胞内に取り込まれたりします。とりあえず血液中から消えてくれれば害はなくなります。 この場合、ウサギにヘビ毒をうちこんで精製されたウサギ抗血清を使うと、使ったことを覚えておく必要があります。もし、二回目、またヘビに咬まれた、あるいは他の動物の毒であっても、ウサギの血清を使ってしまうと今度はウサギタンパクに対するショック症状を起こし、最悪、死に至ることもあります。 そのため、馬とか、別の種類の動物でつくった抗血清を使う必要があります。ともかくヘビ毒でも抗血清療法が使われる出血毒タイプの場合は血液中に入り込んだ毒素の活性を落としてしまえばそれでいいのです。ちなみにヘビの「出血」毒を口から飲んでも、口内などに傷がなければ問題ありません。

 

 

ウイルスの場合はそう単純にはいきません。ウイルスは血液中にいるだけでは何も問題は起こりません。ウイルスが細胞内に感染し、細胞内で異常増殖し、次々に周辺の細胞へも感染していく連鎖が起こると問題が起こることがあります。新型コロナウイルスに感染したあと元気になられた方の血清には感染後どれだけ時間が経っているかにもよりますが、新型コロナウイルスに結合する中和抗体が大量に誘導されている可能性があります。新型コロナウイルス感染後、概ね2週間すると検出可能レベルの中和抗体が誘導されてくると報告されています。 必ずそうとは限りませんが重症化してから回復された方の場合にはまず感染していたウイルスに対する中和抗体がみつかるはずです。これを今まさに感染が進行中の患者さんの静脈に点滴したとします。すると中和抗体がベタベタと体内のウイルスにくっつくまではいいのですが、中和抗体が結合しただけではウイルスは無力化されません。むしろ中和抗体が抗原と結合して抗原抗体複合体となると、エンドサイトーシスというのですが効率よく細胞内に取り込まれてしまいます。何のことはない、わざわざウイルスを招き入れてしまうのです。 通常、ウイルスは特定の物質を標的にして細胞内に感染していきます。新型コロナウイルスの場合は標的細胞のACE2(アンジオテンシン転換酵素2型、血圧調整機能が有名ですが他にも様々な機能を果たしています) という特定の細胞表面たんぱく質を標的にして、そのたんぱく質のどこにウイルスのどの部分が結合して感染するのか、ということがわかっています。 他の感染ルートもあるかもしれませんが。 ウイルスはやみくもにいろんな細胞に感染するのではなく、おおむねウイルスによって感染する相手の細胞が決まっており、細胞の側も特定のウイルスを招き入れるレセプターを発現しています。ところが中和抗体にまみれたウイルスはレセプターとは関係なく広範に様々な細胞に入り込みます。 ADE(抗体依存性感染増強)というのですが、中和抗体がウイルス感染を手伝ってしまい爆発的な感染増強を招くことがあります。 エイズウイルスに対するワクチンの開発を延々と何十年もやってきて延々と何十年も失敗してきたのはADEを招くからです。エイズウイルスの場合はワクチンを投与すると容易に効率よく中和抗体を誘導し、これがエイズウイルスを次々に数多くの種類の細胞に感染させるのでワクチンによって感染リスクが高まり、重症化リスクも跳ね上がるのです。ウイルス感染症を克服したばかりの元患者さんの血清を同じウイルスに感染している患者さんに投与するのは「ご法度もの」なのです。

 

ウイルス感染が進行して時間が経てば、そのウイルスに対する中和抗体が誘導されますが、中和抗体にはウイルス感染を防ぐ効果はありません。一方、重症化したあと回復した人の体内には、そのウイルスを認識でき、そのウイルスに感染している細胞を狙い撃ちで攻撃する細胞傷害性T細胞(CTL)が大量に含まれているはずです。 これを別の患者に投与すれば効果はあるのでしょうが、他人のT細胞を投与すると拒絶反応が起こる可能性大です。なお血清の中にはCTLは含まれていません。 がんの治療用に開発されている遺伝子改変T細胞療法CAR-T療法を応用して、新型コロナウイルス特有の標的物質を目印に攻撃するCAR-Tを作成すれば、新型コロナウイルス感染細胞を狙い撃ちで傷害するでしょうが、いくつも問題があり実用性はありません。 T細胞ですから本人の細胞を使わないと拒絶反応を起こす一方、本人のT細胞を遺伝子改変してから培養していては培養が仕上がるころには患者さんは治っているかこの世にいないかです。 拒絶反応を起こさないであろうCAR-NK療法なら他人のNK細胞から事前に大量培養しておいて投与することは可能ですが、NK細胞ならば何も遺伝子改変しなくてもいいではないか、という見方もあります。理論上、可能性ありと考えられますが、まったくやったことがないので実際にどうかはわかりません。なお法的な問題で、現時点でANK療法を新型コロナウイルス患者の治療に用いることは違法になります。法的手続きを踏んでいけば可能かもしれませんが、ものすごく長い道のりとなります。

 

もっと実用的な承認済の医薬品もあります。保険適応外になりますが。かつて院内感染などで大勢の方が肺炎をこじらせて亡くなるという状況が続き、日本の医療制度を大きく動かす事態となりました。長期入院は極力避ける、特に抗がん剤で免疫力が激減する進行がん患者は院内感染を招きやすいということで速やかにホスピスなどへ誘導、あるいは抗がん剤の投与やフォローはなるべく基幹病院ではなく連携クリニックなどに分散して投与するようになりました。そのころ評判の薬だったのが免疫グロブリン製剤です。IMS統計という医薬品統計で年間450億円売れていた、、という記憶があります。とにかく目をつぶって免疫グロブリン製剤をうっておくと感染症患者の熱が下がり、肺炎で亡くなるケースが減るという現象が起こっていました。免疫グロブリン製剤というのは健常者の血液を集め、血清の中の抗体成分を中心に精製したものです。果たして製剤の中に含まれる抗体が一体どんな抗原を認識するのかさっぱりわからないわけです。健常者の血液内を流れる抗体が何を認識するのか、調べないのかというと技術的にものすごく大変で、不可能とはいいませんがやる人はなかなかいないでしょう。 こんなものを投与してなぜ効果があるのかと批判され、特にかつて日本は海外の血液を大量に輸入していたので(私もよく高槻にあった大手血液製剤メーカーの工場に納品立ち合いにいってました)他国民の血を集めて訳のわからないことに使っていると不興を買っていました。その後の研究により、肺炎で亡くなる高齢の入院患者さんを調べると、感染症そのものではなく、肺の病巣に好中球が猛攻をかけ、その際に大量放出する炎症爆弾で肺がやられているケースが多いことがわかりました。病原体に先ほどの中和抗体ではなく、CDCCという活性をもち炎症爆弾の猛爆を誘導するタイプの抗体のYの字の形の二股側が抗原に結合し、その状態でYの字の一本棒側(Fcフラグメント)が好中球に結合すると好中球の炎症作用が増強されます。この場合、CDCC抗体が病原体の抗原にも結合していることがより強力に好中球を活性化させます。そこへ大量の免疫グロブリン製剤を投与すると、好中球にベタベタとグロブリン製剤中の抗体のFcフラグメントが結合するのですが、もう一方は抗原に結合していないので好中球はそれほど活性化されません。結果的に好中球が「マスク」をされてあまり活性化しなくなるというメカニズムが働いているようだ、ということになりました。 ところが、血液大量輸入が猛烈な国際的批判を浴びる状況下、免疫グロブリン製剤の使用制限が厳しくなり、市場は縮小、国は血液製剤の国産化の方向へ舵をきったのですがまず使用量を減らす努力を優先させたのです。一方で院内感染による肺炎死問題は重症患者や長期入院患者を病院から追い出すという解決策が打ち出され、いつのまにか免疫グロブリン製剤の効用は忘れられていくようになりました。 もっとも、細菌感染症に対して免疫グロブリン製剤が臨床現場で評判がよろしかったとはいえ、ウイルス感染症に対してもそうなのか、というところは明確ではありません。 好中球のマスキング効果はあるのでしょうが、ウイルス感染そのもので肺胞細胞が激減することが主たる問題で好中球などによる過剰な炎症反応は重要な死亡原因になっていないのであれば、「はずれ」ということになります。ここがむつかしいところで免疫細胞の猛攻でウイルス感染細胞を早期に除去する方が「治りやすい」わけですが、一方で免疫細胞が引き起こす炎症反応が凄まじく、ウイルスもろとも正常細胞が壊滅することが命取りになっているのであれば免疫反応を微妙に抑制する方が重症化しにくいわけです。はたして免疫のアクセルが必要なのかブレーキが必要なのか、あるいは両方の状況が混在しているのか、その現場を直接見ることはできませんので非常に判断がむつかしいのです。

 

ただ少なくとも、感染患者さんの血清を使うよりは、ウイルスに対する特異性を高めていない健常者から集めた免疫グロブリン製剤の方が安全であり、うまくいけば重症患者の回復に寄与するかもしれません。結局やってみないとわからないのですが、明らかなリスクが想定される場合はやるべきではなく、安全と考えられているもので何らかの用途に承認されているものであり、ある程度の妥当性が考えられるのであれば、とりあえず使ってみる検討はすべきです。 なお、日本には戦後ほどなく設立された伝統的な血液製剤メーカーがいますが、今日では武田薬品さんがシャイアー社を買収しており、このグループが免疫グロブリン製剤の大手です。

 

なお中外製薬さんは日本が生んだ世界最大のヒット商品アクテムラの新型コロナウイルスに対する国内治験を始める予定です。この薬、リューマチの薬として承認されていますが炎症反応を抑制するものです。アスピリンの様に広範な免疫反応を全体的に抑制するものではなく、もっとピンポイントに細胞傷害に直結する炎症にブレーキをかけるものです。新型コロナウイルス感染による肺炎の最後の問題が過剰な炎症反応なのであれば有効かもしれません。一方、ウイルス感染による肺胞細胞の過剰な減少そのものが決定的に致命的なのであれば炎症を抑えることはむしろ抗ウイルス作用を抑えるリスクがあるかもしれません。ウイルスの増殖に対して免疫抑制は問題、かといって過剰な炎症反応が組織の壊滅につながっているなら免疫反応を抑制しないといけない、矛盾する治療のバランスをとらなければなりません。 

 

 

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