2014.1.6.
少し古いネタになってしまいましたが。
米国サイエンス誌が発表した
昨年の10大科学ニュースの中に
がん免疫治療が含まれていました。
がんに対する免疫治療は昔からありますが
米国では、PD-1や、CTLA-4
などに関連する免疫系のがん治療用新薬が
大きな注目を集めています。
これらは、抗体医薬品の一種ではありますが、
従来型の、がん細胞を含む特定組織(上皮組織など)の
細胞増殖信号の伝達阻害や、血管新生阻害、あるいは
ADCC活性によるNK細胞の攻撃効率を高める、といった
メカニズムとは異なるものです。
免疫細胞が活動の抑制を受けるシグナルの伝達をブロックする
ことで、免疫細胞が本来もっていた、がん細胞傷害能力を
復活させようというものです。
このところ、立て続けに、米国政府の承認を取得したので
話題になっています。
免疫抑制という分厚い壁に対して、薬物投与による
免疫刺激で、腫瘍免疫を目覚めさせようとする限り、
「コーリーの毒」のジレンマにぶつかり、致死性の強い刺激を
もって、抗腫瘍効果を狙うか、安全なため、刺激が弱すぎ、
効果がないか、いずれかになってしまいます。
そこで、「免疫抑制を弱める」タイプの
分子標的薬の開発が進められてきました。
残念ながら、免疫抑制のシステムは非常に複雑であり、
多重構造になっているため、一つの薬剤で、
一つのシグナル伝達関連物資の
機能を止めるという単純な発想で、
腫瘍免疫全体にかかる免疫抑制を
一発解除とはいきません。
そこで、部分的に、ある特定の免疫抑制シグナルを妨害しようと
様々な薬剤設計が検討されてきました。
とりあえず、標的となるがん種は、悪性黒色腫です。
なぜなら、悪性黒色腫は、正常細胞との免疫学的な差異が大きい、
つまり、免疫系から、「見えやすい」がんである、
というのが大きな理由の一つです。
また、悪性黒色腫は、手術によって飛び散ると、かえってやっかいなことになる
可能性があり、一般の放射線、つまりX線はあまり効かない、など、
標準治療が最初から苦手としているがんです。
また、他の治療によって免疫が痛めつけられると、
当然、免疫治療は不利になりますが、
悪性黒色腫の場合は、それほど、免疫系にダメージを
受けていない患者さんを集めやすいという事情もあります。
悪性黒色腫は、免疫的に目立つため、T細胞の一種であるCTLにとっては
みつけやすいので、米国で免疫細胞を用いる治療というと、
悪性黒色腫がよく標的になります。
実は、NK細胞からも悪性黒色腫は「よく見える」のであり、
CTLよりも、NK細胞の方が、素早く悪性黒色腫を退治するのですが、
米国では、NK細胞の本格培養は難しくてできないか、
少なくとも、実用的なレベルの本格培養はできないもの、
ということになっており、何といっても、培養が簡単なCTLが
注目されてきました。
(樹状細胞療法は、日本ほど注目されていません。)
CTLの活性を低下させる信号伝達をブロックする抗体によって
CTLの、がん細胞傷害活性を回復し、抗腫瘍効果を狙う、
そして実際に、悪性黒色腫の患者さんにおいて、延命効果を
認められ、承認となったわけです。
免疫は、がんを抑える主役ながら、
その主役は、がんによって抑制されているから
がんが暴れている。
がん治療を考えるなら、免疫を抜きにしていはいけない
そして、免疫系治療を考えるなら、免疫抑制対策を
講じなければ、奏効しない、こうしたオーソドックスな
考え方が、ようやく創薬事業に浸透し、少しずつ結実しつつあります。
とはいえ、複雑な免疫制御システムの、
非常に狭いパス(信号の通り道)だけに手をつけても、
それで動員できる免疫細胞は一部であったり、活性化の程度が
そこそこであったり、相手にできるがん種は限られていたり、
やがて、バイパスからどんどん増えてしまうがん細胞がでてくる、
こうした根本的な問題が残ったままです。
がん治療の切り札というには、「枝葉」に過ぎます。
また、CTLに対する抑制を不用意に抑えてしまうと
自己免疫疾患を起こすリスクがあります。
CTLは、がん細胞だけを認識し、攻撃するのではないからです。
結局、薬である限り、都合よく、がん細胞を攻撃するCTLだけを
増やしていく、という芸細なことはできません。
やみくもに、CTLの抑制をはずすため、方々で火の手があがり
正常細胞が襲われることもあるのです。
やっぱり、NK細胞を動かさないことには、
腫瘍免疫の本格動員にはならない、
という原理に変わりはありません。
それでも、ADCC抗体や、増殖信号をブロックする分子標的薬に加え、
免疫抑制を抑える新薬が増えていき、総合的に、がんを追い詰める武器が
増えるのはいいことです。