2014.2.17.
米国では、新しいタイプの免疫系治療薬が注目を
集めていることはご紹介させていただきましたが、
日本の主要紙でも、大々的に取り上げ、話題になっています。
免疫細胞の細胞傷害活性にブレーキをかけるシグナルを
抗体でブロックしようという薬で、つまり、免疫へのブレーキに
ブレーキをかけ、結果的に、免疫細胞を走らせる、
という原理です。
PD-1 および、CTLA-4という物質に結合する抗体が、
それぞれ、抗がん剤として、米国FDAの
承認を取得済で、日本でも、現在審査中です。
新しい抗がん剤(日本では、この手のものを分子標的薬といいますが)
が増えることは、いいことですし、「免疫抑制」という仕組みが
「がんという病気の本質」である事実が、多くの方々に知られていく
きっかけにもなるでしょう。
とはいえ、前回も書きましたように、免疫抑制の仕組みは非常に
複雑であり、パスウェーも多岐にわたります。一部をとめたからといって
効果は限定的にならざるをえません。
医薬品の世界を一通りみてきましたが、やはり、複雑な生命系に
対して、よく効く薬は、信号伝達システムの根本を止めるものです。
炎症系であれば、アラキドン酸という信号物質から始まって
非常に複雑なカスケードという信号物質の多重伝言ゲームが
進んでいくわけですが、アスピリンは、そのアラキドン酸という根本を
止めにいきます。 その代り、副作用もあり、インフルエンザで亡くなる方の
多くは、感染症にかかっているのに、誤って、免疫抑制剤でもある
強い解熱剤をのんでしまったからと考えられています。
コレステロール合成阻害であれ、血圧上昇であれ、胃酸分泌であれ
副作用は効果と裏腹の関係にはありますが、基本的に、信号伝達系の
根本を止める薬が、強い効果を発揮しています。
もっと特定の反応だけを狙い撃ちで止めに行く方が、
副作用が少なくていいように思いますが、
実際には、生命システムは、とんでもなく「多重」システムに
なっており、枝葉の反応をとめても、バイパスがいくらでもあり
効果は薄れてしまうのです。
今回の薬剤も、そういう意味では、枝葉を止めるタイプですので
何でもかんでも、強力に効くものではありません。
また、副作用として、自己免疫疾患の問題が指摘されています。
なぜそういうことになるのかというと、
標的となる免疫細胞が、獲得免疫系のCTLだからです。
CTLに対する免疫抑制シグナルを止める限り
どんなに頑張っても、攻撃力が弱いCTLを復活させるだけ
なので、当然、がん細胞に対する攻撃力も大したものには
なりません。
しかもCTLは、がん細胞を認識する能力をもっていないという
根本的な問題があります。 私どもも、CTL療法という技術を
医療機関に提供し、ほぼ無償で、患者さんにCTL療法が
実施されています。 その上で申し上げますが、CTLは
一見、がん細胞を認識しているように見えますが、
厳密にいうと、そうではありません。
CTLは、標的細胞表面にあるMHCクラスIの膨大な
種類、おそらく数百億種類もあるバリエーションを見に行きます。
そして、一つのCTLは、一種類の番号しか認識しないと
考えられています。 あまりにも種類が多いので、
たまたま、あるがん細胞集団が、特定の番号をもっており
その番号をもっている正常細胞がほとんどいないように
見える、そういうことがあるわけです。
そして、患者さんの体内にいるがん細胞の番号を認識し
攻撃するCTLを大量増殖させれば、がん治療として
使える可能性があります。
だからこそ、私たちもCTL療法の技術を提供しているのです。
ところが、MHCクラスIには、「がん」という名札がついているのでは
ありません。 あくまでも、ランダムな番号なのであって、
生まれた時点でのCTLの大半は、正常細胞を攻撃します。
そのほとんどが、胸腺で成熟する際に、殺されているはずですが、
中には、正常細胞を攻撃するのに生き残っているCTLも
いるようです。
そこへ、CTLに対するブレーキを抑える薬剤を投入すると
どうなるか。 PD-1 も、CTLA-4 も、「がん細胞を攻撃する
CTLだけが特異的にもつ物質ではない」のです。
正常細胞を攻撃するCTLも、同じ物質をもっています。
すると、おとなしくしていた正常細胞を攻撃するCTLまで
目覚めてしまい、自己免疫疾患という副作用を招く可能性があります。
実際、そのような副作用が確認されています。
免疫抑制を押し返すことは、進行性のがんの根治にはどうしても
必要なことですが、部分的に、獲得免疫系の免疫抑制をはずしにいくと
獲得免疫の暴走を招くことになりかねません。
たとえば、NK-T細胞は、NK細胞の性質ももっていますが、
獲得免疫であるT細胞の性質ももっています。
過剰に活動すると、喘息の原因になると考えられています。
また、ガンマ・デルタT細胞も、NK細胞・T細胞、両方の性質をもっていますが
こちらも、暴走すると、リューマチの原因になると考えられています。
実際、結合組織の中には、よく入りこむ性質をもっています。
その点、NK細胞は、自然免疫ですので、自己免疫疾患を誘導しません。
ここがよく誤解されているのですが、自然免疫が強く機能していると
そうそう、自己免疫疾患にはなりません。
自己免疫疾患の患者さんは、一般に、自然免疫の活動が低下している
傾向があります。
にもかかわらず、炎症を抑えるために、ステロイドという強い免疫抑制剤が
使われてきたため、自然免疫も抑制され、結果的に、獲得免疫の暴走が
強まっていきます。
短期的には、免疫反応を抑え、炎症を止めないと、激しい症状に苦しむことに
なりますが、長期的には、免疫を強くしていかないと、根本治療にはならない
自己免疫疾患の治療は矛盾する要素のバランスを取る必要があります。
では、従来の免疫系の攻撃力を引き出す治療には
どういう問題があったのでしょうか。
簡単に言えば、刺激が不十分なのです。
ADCC抗体というNK細胞の攻撃効率を高める分子標的薬が
米国では大量に使われ、日本でも、ごく一部のがんには保険適用に
なっていますが、効く患者には劇的に効き、そうでもないと、それほど
効かないように見えます。 あくまで、免疫細胞療法を併用しない
場合の話ですが。 当然ながら、免疫抑制下にあるNK細胞に
ADCC抗体をまぶしたところで、本来の効果は発揮できません。
ある程度、NK細胞が起きている患者さんなら、多少は効くでしょうし
実際、スーパーレスポンダーが少数ながら存在します。
ANK療法は、人為的に、NK細胞の活性を高め、ADCC抗体の
スーパーレスポンダーを増やす治療という見方もできます。
要するに、免疫抑制は、がんという病気の本質であり
進行がんの治療とは、免疫抑制を押し返すことにある
ここまではいいのですが、あまり部分的に、免疫抑制システムの
末端だけをいじっても、効果は限定され、そして、どうせやるなら
攻撃力が弱いCTLではなく、攻撃力が強いNK細胞を目覚めさせる
方向を目指さないと、画期的な新薬にはなりがたいということです。