iPS細胞から作成されたNK-T細胞の再生医療製品としての早期承認申請を目指すというニュースが流れております。
まず、NK-T細胞というのは名前の通りNK細胞とT細胞の「間の子」細胞で両者の中間的な性質をもちます。NK細胞の場合は野生型であって活性が高ければ、どんながん細胞でも傷害する性質をもち、標的細胞を認識する多種多様なセンサー群の組み合わせバランスの違いによっていくつかのサブグループに分かれますが、基本的にNK細胞は一種類です。 一方のT細胞は種類が多く、NK-T細胞はT細胞の中でもキラーTとかCTLと呼ばれる標的細胞に体当たり攻撃をかけるものに近い性質を持ちます。 T細胞の過半~ 大体のところ3分の2くらいは標的細胞を傷害する能力はなく、免疫制御機能を果たしていると考えられています。
ものすごくシンプルに申し上げると、標的認識能力、特にがん細胞を認識する能力と傷害能力(攻撃力)、に関しては
NK > NK-T > キラーT
一方、増殖能力の高さ、また培養が容易なのは
NK < NK-T < キラーT
標的を認識するセンサー(レセプター)に関して、NK細胞は数十種類のかなり特性が異なるタイプのものを大量に発現し(野生型で活性が高ければ)、これらを標的細胞のバリエーションによって使い分けていると考えられています. CTLとかキラーT細胞の場合は非常にシンプルな1種類のシグナルのみを認識し攻撃します。そのため、目の前に1個の標的がん細胞を置いた場合、野生型で高活性なNK細胞であれば、どんな標的がん細胞であっても認識しますが、CTLやキラーTの場合、「偶然」型が合うものだけが標的を認識し、その確率は非常に低く、数十万分の1とか、数百万分の1というレベルと考えられています。 NK-T細胞の場合は、NK細胞がもつようなセンサーと同様のものも持ちますが、フルセットではありません。 また研究者によっては特殊なCTLをNK-Tと呼ぶこともあり、NK-Tという名称で呼ばれていても、研究者ごとに捉えている細胞が別ものということもよくあります。
培養の難易度に関しては、キラーTとかCTLを漠然と増やすだけなら学生実験レベル。標的細胞の特性を絞る場合は高度な技術が必要になります。 野生型の活性が高い治療に用いるNK細胞を培養するのは「職人技」が必要であり、NK-Tの場合は、NKより遥かに容易であっても、誰でもできるレベルではない、という辺りです。
なぜわざわざiPS細胞からNK-T細胞を誘導して治療に用いるのかというと、iPS細胞なら容易に大量増殖させることができるので、思い切りiPS細胞として数を増やしておき、そこからNK-Tへ分化誘導させればNK-Tそのものを大量培養するより簡便な培養技術だけで量産できるというメリットがあるからです。専門細胞に分化した正常細胞は細胞分裂の回数に制限があります。原則、60回以上細胞分裂することはできませんが、2x2x2x2x、、、、、 これを60回やって細胞数が増えていくと1個の細胞が倍々ゲームで増えて10の18乗個、つまり100京個(1兆個の100万倍)まで増える計算になります。 もっとも成熟した細胞はこの「寿命」を使っており、進行がん患者さんの末梢血中NK細胞は残り10回を切るくらい、あと1000倍ほど増殖させるのはもう無理、というぐらい細胞分裂を重ねています。 NK-T細胞はもっと増えますから残り寿命が多いということなのですが、iPS細胞のような「幹細胞」には細胞分裂回数の上限がある程度解除されています。そのため、iPS細胞のまま分化させずに培養を引っ張ることで、延々と数を増やすことができるのです。
ではなぜ、認識能力も攻撃能力もNK-Tより遥かに上回るNK細胞をiPS細胞からつくらないのかですが、作ったところで、NK細胞の培養ができなければ実用化できません。NK-T細胞よりもNK細胞の方が攻撃力が強い分だけ、細胞内に大量の細胞傷害活性をもつ「毒」を抱えるため、少し培養条件がずれても直ちに「自爆」を起こします。この制御が難しいため、攻撃力が弱く「毒」が少ないNK-T細胞の方がはるかに扱いやすいわけです。
一方、NK細胞の培養、野生型で活性が高い状態のものをそのまま培養できる技術があれば、わざわざ遺伝子操作を加えるiPS細胞にするより、シンプルにそのまま遺伝子をいじらずに培養する方が安全です。 iPS細胞にの場合は、がん化リスクもあれば、本人のiPS細胞であっても拒絶反応が起こるケースが報告されており、何らかの異常細胞であると認識されるリスクがあります。そのリスクを敢えてとりにいく手はない、と私どもは考えています。NK-T細胞の場合も血液から採取したものを遺伝子操作を加えずに増殖させることが可能です。技術的にはNK細胞以上にNK-T細胞の数を揃えることが可能です。抹消血液中に存在するNK-T細胞は非常に少なく、全リンパ球の0.1%とか、それ以下ですが、NK細胞より増殖スピードが早く、培養も簡便ですので、NK細胞の総数を上回っていきます。NK細胞は全身に1000億個ほど存在すると考えられていますが、末梢血液中の全リンパ球に占める割合は2~3%以下です。 よく15~20%がNK細胞と書いてある資料を見ますが、進行がん患者さんの場合、NK細胞は血管から外へ出て腫瘍を攻撃にいくからなのかもしれませんが、末梢血液中のNK細胞は健常者の場合よりはるかに少なくなります。 同じ量の血液から細胞を採取するとNK細胞の方がNK-T細胞より桁違いに多く取れるのですが(採取のたびに比率はまるで違いますので大雑把にとらえてください)、それでも培養が容易なNK-T細胞の方が早く増殖させることができ、最終的には投与細胞数をそろえやすいのです。 ただ細胞1個当たりの攻撃力では比較にならないほどNK細胞の方が強いのでNK-T細胞療法は提供せずに、NK細胞を増殖させたANK療法と患者体内に「居た」腫瘍細胞を特異的に傷害するCTLを選択的に増殖させるCTL療法を提供しています。CTLは患者腫瘍細胞に特異性を示すCTLを選別するまでが技術を要しますが、そのあとの増殖は非常に早く、手早く数を揃えることができます。
治療効果についてはNK-T細胞は免疫刺激を加えた状態なら標的がん細胞を傷害する能力がありますから、がん患者さんの体内の強力な免疫抑制を緩和する措置をとりながら培養NK-T細胞を投与することで標的がん細胞を攻撃することが期待されます。問題はNK-T細胞は免疫刺激能力があまりなく、どちらかといえば免疫抑制系の細胞であるため、この点の工夫が必要です。NK細胞の場合は免疫刺激系のキラー細胞ですので、十分活性化した状態で体内に戻せば、大量の免疫刺激物質を放出し、がんによる強力な免疫抑制に対抗しますので、特に体内の免疫抑制を緩和する措置は必要ありません。
なお、iPS細胞から何でもつくれるようなイメージが広められていますが、実用可能なことは限られます。iPS細胞は培養しているうちにがん化するリスクが最大の問題です。専門細胞に分化した正常化細胞が、一度、ニュートラルな未分化な状態に戻り、そこから腫瘍組織の種である、がん幹細胞となり、がん幹細胞から分化した臨床的がん細胞が爆発的な増殖フェーズに入っていくという一連のプロセス(正常幹細胞が異常化して、がん幹細胞になるのかもしれませんが)の中で重要な働きをする遺伝子を3つも導入してiPS細胞をつくるため、がん化はiPS細胞の宿命のようなものです。 体内の正常な幹細胞の方が実用性は高いのですが、体内から取り出す幹細胞は「何にでも化ける」というわけにはいきません。化ける範囲に制限があります。 ES細胞は何でも化け、がん化リスクも低いため、米国はES細胞の臨床応用が基路線本です。 米国はiPS細胞に見向きもしませんので日本もその方向に追随するかもしれませんが、ES細胞は一人の人間に育つ可能性があるため、それを刻んだり加工していいのかという「反対」意見があります。そもそもそれを強硬に主張し、日本をはじめ世界のES細胞研究を止めさせたのが米国自身であり、韓国の体細胞からES細胞と同等の細胞をつくったと主張する研究者を叩き潰したのもSTAP細胞騒動と全く同じ手口でした。 そして世界中がES細胞研究自粛の方針となるや、突然、オバマ大統領就任初日に米国ではES細胞研究および実用化が解禁されました。 そうした背景はともかく、現状では米国は「当然ES細胞、あとは関係ない」日本は「iPS細胞中心、ES細胞はまだまだ様子見」というムードです。 出生前胎児診断の実施例が欧米では年500万件以上と妊婦さんの半分が受診するのに日本では2万件程度と、日本には非常に高いモラルハードルがあります。 このままいくと日本だけが世界でポツンとiPS細胞にこだわり続ける可能性があります。 この状況でもできることからやっていこう、というのが日本の研究者の姿勢であり、角膜系統の組織だったら元々がん化しにくい組織であり、がん化しても外から見ればわかり、がん化した場合、レーザーで焼けばいい、と体内に埋め込む組織よりもがん化リスク対応がし易い用途から実用化の試みが進んでいます。(米国ではES細胞を用いる同じ臨床応用が日本より先行しています) ほか、血小板をつくるという話もよくあります。血小板は「元」細胞ですからiPS細胞から血小板ある細胞をつくることができます。そして血小板になってしまうと、もう「生きてはいない」のでがん化するリスクはありません。 赤血球をつくるという話もあります。赤血球も「元」細胞であって、ごくまれにNRBCという生きている赤血球というのがいて、これが生涯、体内でそのまま生きている可能性はあるのですが、分化誘導を進めていくと大半の赤血球の元細胞が赤血球になり、がん化リスクがなくなります。 赤血球には型がありませんので、さききほどの血小板もそうですが、他人の細胞から作られたiPS細胞であっても拒絶反応は起こさないので工業製品のように量産することが可能です。 ちなみに血液そのものにはほぼ「型」はありません。白血球は生きており、型があり、他人の白血球と自分の白血球は型が異なるのですが、赤血球は体内の体細胞の表面かた千切れた「型」物質をを吸着するため、血液中を回るうちにその人の型に染まっていきますが、工場でiPS細胞から量産し、体細胞の型物質に触れないで成熟した赤血球なら型はできません。 血小板と赤血球については要するに「コスト」の問題です。採血すれば採れるものを細胞培養でつくって安くできるのか??? という問題です。 現状では無理だから実用化されていないのです。
では、NK-T細胞をiPS細胞から作成して人間の体内に戻した場合、がん化リスクはどう考えるかですが、進行がんの治療なら「容認される」でしょう。 発がん作用のある放射線療法や強力な発がん物質である抗がん剤をがん治療に用いているわけですが、今、目の前の危機に対処するため、将来のがん化リスクが容認されているわけです。それに比べればiPS細胞由来の免疫細胞を体内に投与するがん化リスクが特に高いと言い切ることはできません。(低いと言い切ることもできませんが)。