2017.8.23.
米国国立衛生研究所NIHが
NK細胞を大量に集めて活性化し
増殖前にがん患者に戻すことで
有効性を確認したものの
その後、実用的な治療に仕上げるための
培養技術の研究は、抜本的な成果を
あげないまま今日に至っています。
NIHがなぜ、臨床レベルで実用的な
NK細胞の培養技術を確立できないのか
理由は明白です。
それは、ひみつ です。
では、T細胞なら培養は簡単なので
こちらを遺伝子改造してでも使いこなす方が
現実的という如何にも米国的な発想で
T細胞の「改造」にも躍起になったのですが
こちらも一筋縄ではいきません。
なるほどT細胞は爆発的に増えます。
ところが、T細胞の中でも、
キラーT細胞を増やさないと意味がありません。
キラーT細胞は、T細胞の中では
増殖スピードが遅い方です。
NK細胞とT細胞が一緒に増殖を
始めると、救いようのないほど
T細胞だらけになってしまうことは
以前に、説明した通りです。
そこまで絶望的ではないものの
T細胞の中でも、キラーT細胞は
漠然と増殖をかけてしまうと
どんどん少数派になってしまう
ということです。
たとえば、一日に一回、細胞分裂する
T細胞と一緒に、増殖スピードが1割遅い
キラーT細胞が、お互い一個ずついたと仮定します。
10日間で、一般のT細胞が1000個に
増えたのに、キラーT細胞は、3分の1ほど
どしかいません。
もし、2割も増殖速度が遅いと、10日間で
100個にしか増えません。
増殖速度のわずかな差は、これほど
培養において重要な「大差」を生みます。
なお、増殖速度を表わすのに
ダブリングタイムというものを使います。
一個の細胞が、二個になるまでの時間という
ことですが、これは、ピーク時のスピードなのであって
細胞培養開始時点では、ノロノロ、そのうちに
スピードが上がっていって、ダブリングタイムが
ピークとなり、やがて、様々な理由で
増殖スピードは落ちてきます。
いわゆるシグモイド曲線を描くのが基本です。
細胞個々の増殖プロセスにかかる時間は
割と一定ですが、現実には、細胞集団全体の
増殖を観察するので、増殖フェーズに入っている
細胞がどれくらいいるのかによって、
集団全体の平均増殖速度として
ダブリングタイムの上限いっぱいで増殖している
時もあれば、それより遅い時もあります。
少し話はそれますが、日本で実施されている
免疫細胞療法の大半が、抗CD3抗体を使って
凝集するT細胞を集め、これを増やしていくものです。
この際、必ずすべてがキラーT細胞とはいきませんが
CD8+ のT細胞が集まるので、まあ、
キラーT細胞が多く集まる、ということになります。
で、2週間も培養すると、1000倍以上に数が
増えます。
20mlも採血すれば、2週間後に、数十億個単位の
T細胞になっており、キラーT細胞も多く含まれています。
日本で一般に実施されている免疫細胞療法は、
このまま、特に、がん細胞を傷害しないT細胞を
漠然と増やしただけで、体内に戻してしまうのですから
「論外」なのですが、では、増殖させた大量の
キラーT細胞から、がん細胞を傷害するCTLを
誘導しようと思っても、なかなかうまくいきません。
よく言われるナイーブ(幼若)か、マチュアード(成熟)
という問題ですが、ある程度、増殖させてしまった
T細胞集団から、後から、標的がん細胞を合わせて
標的がん細胞を傷害するCTLだけを増やそうと
しても、うまくいきません。
闇雲に、T細胞を増殖させてしまうと
役に立たないものになってしまう、
ということです。
T細胞は培養が簡単で増殖させやすい
と言っても、患者さんの体内にあるがん細胞と
型が合うCTLを大量に増やさないと意味がありません。
これはこれで、「簡単」ではありません。
NIHは、もう一つ、大きな問題を抱えてきました。
CTLを単独で投与しても、
体内の強い免疫抑制によって
すぐに活性が下がるので
治療効果はでない、というものです。
1985年の大規模臨床試験では
殺細胞剤の大量投与を繰り返し受けてきて、
もう奏効しない患者さん達に
「鬼」の量の上をゆく異常な大量投与を行い、
体内の免疫細胞を根絶やしにしてから
CTLを投与し、効果がある場合が見られました。
逆に、インターロイキン2を大量投与し
免疫抑制を跳ね返す免疫刺激をかける方法も
ある訳ですが、NIHは、免疫細胞根絶やしによる
免疫抑制パワーの破壊を選択しました。
では、CTL療法実施前に、必ずこの
「鬼の上」殺細胞剤投与をやるのか、と。
あれは、いくらなんでも無理があろう、と。
結局、がん種を選ぶという方向へ向かっていきます。
:悪性黒色腫
:腎がん
:前立腺がん
いずれも抗がん剤が奏効しないか
しにくいので、免疫が傷んでいない
患者さんが多い。
抗がん剤を投与しなければ
何か他の全身療法が欲しい、
ところが、悪性黒色腫や
腎がんとなると、中々
全身療法の選択肢が限られる。
前立腺がんの場合は
ホルモン療法がありますが
これなら、免疫はあまり傷んでいません。
米国の場合、悪性黒色腫の患者数は多く
(日本は非常に少ない)
手術では飛び散る、
一般の放射線は効かない
抗がん剤はなかなか、効かない
治療といえば、重粒子線とか
非常に選択肢が限られます。
どうせ他に治療がない、、、
ということで、実験に参加してくださる
患者さんは集まりやすいという事情があります。
また、悪性黒色腫は、遺伝子変異が活発です。
ほんとうにそうなのか、研究者が盛んに調べるから
多くの遺伝子変異がみつかっているだけなのか
バイアスがかかっている可能性はあります。
ともかく、非常に多くの遺伝子変異が
みつかっているのは事実です。
(すべての悪性黒色腫に共通の変異ではありません。)
その為なのかどうか、悪性黒色腫の細胞は
免疫細胞にみつかりやすいのです。
NK細胞は、CTLよりも圧倒的な効率で
悪性黒色腫の細胞を攻撃しますが
CTL同士を比較した場合、
悪性黒色腫を攻撃するCTLは、
他のがん細胞を攻撃するCTLよりも、
特別、効率が高い傾向があります。
それだけ、見つけやすい異常信号が
多いということかもしれません。
研究レベルでは、悪性黒色腫の標的がん細胞を
CTLが傷害することを確認することはできるのですが
実用的なCTL療法の開発は進みませんでした。
すべての悪性黒色腫に共通の変異があるなら
その変異を認識・攻撃するCTLの量産という
方向へいくのかもしれませんが、そういう
便利なものはみつかりません。
結局、患者さんごとに都度、CTLを作成し
大量培養して、体内に戻すという米国が
嫌がる人手が多くかかるやり方しか
実現性が見いだせません。
T細胞の遺伝子を操作して、
効率よくCTLを作成と称する
研究プロジェクトは、山のように
ありましたが、臨床上の実用レベルまでは
いきません。
樹状細胞療法Provenge の場合も
樹状細胞をいくら患者さんに投与しても
ほぼ何も起こらなかったので
最後の最後に、NK細胞を混ぜたら
延命効果がでて、それで、政府承認を
取得したのですから、どう考えても
あれはNK細胞療法ですが、開発段階では
投資家から1000億円以上の資金を集めた
「物語」がありました。
前立腺細胞は、PAPを発現している。
樹状細胞に単純にPAPという物質を与えても
何もおこらないが、PAPと樹状細胞が認識しやすい
物質を融合させ、これを与えておく。
前立腺がん全摘出後の患者さんに
PAP感作済樹状細胞を投与すれば
体内で、PAPを攻撃するCTLが誘導され
全摘出したんだから、体内に残っている
前立腺細胞といえば、
転移した前立腺がん細胞だけであろう、と。
PAPは、正常な前立腺細胞にもありますが
全摘出後なら、正常な前立腺細胞はもう
体内にいないはずです。
そういうお話でした。
結果は、シンプルにNK細胞を加えれば効果あり、
当たり前です、NK細胞ですから。
NK細胞を加えないと効果なし、要するに
樹状細胞、PAP、CTL、そういったものは
関係なかったということです。
さて、前立腺がんの治験でしたから、ホルモン療法で
延命するので、ホルモン療法抵抗性の
患者さんだけを選びました。
こうなると、患者数はかなり限られるのですが
余命が極めて短いので、少しでも延命すれば
効果あり、と判定されます。
その後、T細胞に遺伝子操作を施す
CAR-T療法や、TCR-T療法が登場してくるまで
しばらく、T細胞を体内に戻していく
細胞治療は、進捗が見られなかったのですが
この間、免疫チェックポイント阻害薬という
T細胞への抑制信号をブロックする薬剤が
承認を取得します。
やはり最初の適応は、
T細胞系治療の定番である
悪性黒色腫です。
これが一番、T細胞からみえやすいはずだ、と。
次が、腎がん。
これも、割と遺伝子変異が保存され
異常信号を発するものが多い? と
考えられ、比較的、T細胞から
見えやすいのでは、、、と。
腫瘍の消失とか、腫瘍縮小というのは、
稀にしか起こらないのですが、少なくとも
投与例の3割くらいに、延命効果が
みられたとされています。
ところが、前立腺がんは事情が異なりました。
ほぼ効果が見られません。
T細胞系治療が対象とする定番御三家で
明暗が、はっきりと分かれました。
前立腺がんは、遺伝子変異が比較的
修復されやすいと考えられており
T細胞の標的になりくかったのでしょうか。
前立腺がんの場合
ホルモン療法で長期間、延命しやすく
逆に、ホルモン療法が奏効しなくなると
急激に憎悪し、よほど強い治療でないと
跳ね返される、という事情があり
基本的に、新薬の治験の設計が難しく
分子標的薬の開発もなかなか、進まなかった
という事情もあります。
たまたま、非小細胞肺がんで適応を
とれたのは、T細胞にとって見えやすいか
どうかではなく、元々、正常な肺の細胞が
PD-L1を発現している率が高く
おそらく、普段から、T細胞が肺の
正常細胞を攻撃するのを防いでいるのでしょうが
PD-L1を発現する肺の正常細胞が
がん化すると、PD-L1を発現する肺がん細胞に
なりやすいと考えられています。
すると、PD-1/PD-L1 系の免疫チェックポイント
阻害薬が、奏効しやすい、ということなのでしょう。
といっても、悪性黒色腫や腎がんに比べると
奏効率はかなり落ちます。
T細胞そのものではなく、T細胞への抑制信号の
ブロックという、裏から手を回す手法へ
切り替えたわけですが、
T細胞そのものを使う治療としては
まず、野生型のT細胞を培養するとなると
NK細胞より扱いやすいとはいえ
今度は、特定の標的を攻撃するT細胞だけを
実用レベルで選択的に増殖させるのは
決して「容易」ではなく、「量産」には向かない。
ならば、と、遺伝子操作により、確実に
特定の性質をもつT細胞に改造する。
その際、免疫抑制下の体内で活動を維持する
ための、免疫刺激信号が入りつづける工夫、
そして、がん細胞特有の抗原がみつからない以上
正常細胞にも、がん細胞にも、どちらにも
存在する抗原物質を標的に、攻撃するT細胞を
大量に培養する、つまり、がん細胞を狙い撃ちできず
特定の正常細胞も巻き添えにするのですが、
その上で、治療として成り立つ道を探る
という方向へ舵を切ってきました。