相変わらず光免疫療法について
がん治療を根底から変えるものなどとVIPクラスの「応援」発言が続いています。
患者さんからのお問い合わせにはまだ実用化されていないのですから、とりあえず忘れておいては如何ですか、と答えています。
都合よくがん細胞だけを傷害し正常細胞は傷つけない「光」は存在しません。
重粒子、陽子線、X線を利用するサイバーナイフであれトモセラピーであれ、一般的な放射線療法であれ、電磁波(粒子線も一応、電磁波の性質をもっています)を照射する限り、がん細胞だけ消えてくれる、とはいきません。
紫外線を照射したり、レーザー光にしたところでがん細胞を狙い撃つことはできないことにかわりはありません。
光免疫療法と言うのは、予め、がんに集まる薬剤を投与しそこへ光を照射するというのですが、がんにだけ集まる薬剤が開発できたら、光には関係なく、その時点で特効薬の完成です。
それができないからどんな薬や電磁波(光、放射線、粒子線、ぜんぶ電磁波の一種です)をつかっても、進行がん患者の命を救う決定的な治療にはならなかったのです。
がん細胞特有の物質、がん特異物質が一つでも実在するならば、がん細胞特異物質を標的としてがん細胞だけを狙い撃ちする分子標的薬を開発すればいいのです。
するとがん治療に決定的な特効薬が登場することになりますが誰一人として、実現させた人はいません。
がん細胞特異物質は「実在しない」からです。
最近、話題のネオアンチゲンも同じことで、がん細胞にしか存在しないというのですが、ならばなぜ、誰も、ネオアンチゲンを標的とする分子標的薬を開発しようとしないのか。
光を照射するとか、樹状細胞をかませるとか面倒なことをしなくても、いきなりがん細胞特異物質に結合する分子標的薬を投与し、直接、がん細胞を狙い撃ち殲滅すれば、それで治療は完了するはずです。
そうしない理由はひとつだけ。
実態のない話であって実現はできないからです。
光免疫療法の実施にあたっては、まず分子標的薬を投与します。
この場合、分子標的薬はがん細胞だけに集まるのではなく正常細胞にも大量に結合します。
光免疫療法といってますが「免疫」の文字が入っている理由は分子標的薬の中でも抗体でつくられるものを使うからで抗体という物質が免疫システムで使われている物質だからです。 (後日、免疫の文字がつく理由は修正されました)
日本は分子標的薬のことを免疫療法と呼ばない不思議の国ですが分子標的薬を用いる光学治療のことは光免疫療法と呼んでいます。
言葉の使い方がいつも恣意的ですね。
さて、分子標的薬を投与すれば、当然、分子標的薬の効果が期待できますので
光があたっても当らなくてもある程度の効果はみられます。
分子標的薬といっても種類が多いのですが、たとえばアービタックスという分子標的薬を投与すると体内のいたるところの正常な上皮細胞にも結合します。 (アービタックスの物質名はセツキシマブといいます)
上皮細胞由来のがん細胞に対しても、標的物質を発現している場合は結合し、発現していなければ、結合しないのですがアービタックスの標的であるEGFRという物質はかなり基本的な物質ですので、正常な上皮細胞であれ、がん細胞(上皮細胞由来)であれ、まったく発現していないということはそうめったにありません。
通常の使い方としては、あくまで発現量のレベルの差がどうか、ということでこの薬剤を投与すべきか、すべきでないかが決められます。
保険適応になるのはごく一部の部位の限られたがん種だけです。
日本の場合はどうしてもそうなります。
世界標準の分子標的薬であってもほとんどの部位で保険適応にはなりません。それは保険が効かないということであって、薬が効かないと証明されたわけではなく単に莫大な費用がかかる治験を実施しないというのが保険適応が拡大されない理由です。
数百種類の分子標的薬をすべてのがん種で治験を実施すれば
数百種類の薬 x 数百種類の部位のがん = 数十万通りの治験
世界中の全医薬品メーカーの収益を投入しても資金が足りませんし、たこ足喰い」になってしまいますので、承認をとったとしても今度は、予算が足りず、投資資金の回収ができません。
そこで、ある分子標的薬はある部位のがん種に、別の分子標的薬はまた別の部位のがん種にと「棲み分け」を行うことで、投資効率の最適化が図られています。
どの薬がどの部位に保険適応になるかどうかは基本的に保険適応を取りに行くメーカー側の算術で決まります。
ということで、分子標的薬を保険適応外の部位に投与すると、その時点で、ある程度の効果を発揮することが期待されるわけです。 もちろん、投与される分子標的薬に合っている
標的物質を、体内のがん細胞が「過剰発現」している場合は、という条件がつきます。
すると今まで確認できなかった効果が確認されたとなり、実際に光免疫療法で、これまで確認されなかったような効果が確認された、とメディアが大々的に報道したわけですが、この場合、光を当てた効果が本当に関係しているのかそもそも、分子標的薬を保険適応外で使用した効果なのか見極める必要があります。
分子標的薬を抗がん剤と併用すると、それほど効果がみられませんが、単独で投与すると、劇的に奏効することがあります。 体内のNK細胞の活性がある程度残っているケースでは、分子標的薬が著効となりやすいということをがん研究センターも発表していましたが原理から考えても当然、期待される効果です。
アービタックスの場合は、細胞表面のEGFRに結合することで標的細胞がEGFRを細胞内に取り込んでしまいます。
(エンドサイトーシス)
EGFRは細胞外からの増殖信号を受け細胞内に伝達する通信装置のようなもので、これを過剰発現していると活発に増殖する危険ながん細胞となり、逆に、アービタックスが結合することで、エンドサイトーシスが活発に起こり細胞表面のEGFRが細胞内に取り込まれて細胞表面の数が減ってくれると、がん細胞の増殖の勢いが削がれていきます。
また、アービタックスがEGFRに結合したまま細胞表面に残った場合でも、EGFRに増殖信号物質が結合するのを邪魔します。 さらに、アービタックスはADCC活性を作用機序とすることが知られており、つまりNK細胞の攻撃効率が薬の介在によって高まるわけです。
分子標的薬「ハーセプチン」や「リツキサン」の場合はADCC活性を作用機序とすることを広告に用いることが当初から認められていますが、アービタックスの場合は発売後時間が経過してから認められました。
これはあくまで、メーカーの販売促進の方針の相違によるものです。
よく国が認めるという言い方をしますが実態は国の意思ではなく、大手メーカーが国の承認をとりつけるのかいちいちとらないのか、マーケッティング方針によって決まっていくのです。
問題は、正常細胞の多くもEGFRを発現しているため、薬は体内の至るところにある正常細胞に結合してしまうことです。
ここに「光」を介在させる意味は残っています。
アービタックスに光に反応する爆弾をつけます。
特に近赤外線に反応して毒性を発揮する物質を結合させこれが近赤外線を強く照射しない限りは「爆発」しないものであれば薬剤投与の時点では、普通に薬物治療を行ったケースと変わりはない「はず」です。
さきほどのエンドサイトーシスのことも考えれば、そう簡単に完璧な起爆装置をつけ、近赤外線で起爆させない限りは「安全な爆弾」というのをつくれるのか、という疑問はありますがともかく、ここを技術的にクリアした、と仮定すれば、です。
これ昔からいろいろと試されましたが体内で化学物質は変化しやすく体内とは意外に過酷な環境なのでずっと安全に誘爆しないものってなかなかつくれないのです。
ま、ここをクリアした、としてですね、アービタックスは全身の正常な上皮細胞にも結合し、光爆弾を運んでしまっていても腫瘍付近だけに近赤外線を強く照射すれば照射付近の爆弾だけが爆発し、被害を照射部位付近に制限することができます。
といっても二つ重大な問題が残ります。
結局、全身の方々へ飛び散るがんで人は命を落とされるのであって近赤外線の照射を局所に限定するのではあくまで局所療法に過ぎない全身にとびちるがん細胞には手を出せないということです。
なので決定的な治療にはなりません。
といって全身に近赤外線を照射してしまうと全身の膨大な正常な上皮細胞が猛爆を受けてしまいアービタックスの副作用が全身レベルで激化することになります。
これは危険すぎます。
もう一つの問題は、局所療法には治療強度と使える部位の制限というジレンマが存在します。
重粒子線は破壊力は抜群で、標的部位に存在する如何なる細胞でもほぼ壊滅させますが、そのため正常組織も壊滅するため照射できる部位が限られます。
ほとんどの部位に照射できないのです。
陽子線は、重粒子線より破壊力では劣りますがその分、正常組織も維持されるので重粒子線よりはるかに使い勝手がいいのです。
残念ながら陽子線では照射部位であってもがん細胞の全滅は難しいのですが照射できないよりできた方が、がん細胞の数が減ってくれるのでありがたいわけです。
もちろん、残存がん細胞を殲滅するのにANK療法を行う、という詰めが必要です。
サイバーナイフもまあ使い勝手がよくそれでも治療強度が強すぎて、照射すると癒着を起こしてしまう、という部位が方々に存在します。
そうなると照射線量を分散するIMRT技術を用いたとえばトモセラピーのように、ふわ~~とX線を広い目の範囲の設計された形に添って照射するという選択肢があるわけですが、トモセラピーが他の放射線療法より優れているのではなく、治療強度は弱いもののサイバーナイフは無理という部位にも照射できるメリットがあるわけです。
電磁波系統の局所療法というのはいいものから順位をつけられるのではなくそれぞれの特徴を活かして棲み分けができています。
光免疫療法を局所療法として用いるのであれば手術や他の電磁波系治療では治療困難な部位などに治療強度と正常組織へのダメージのバランスを考慮して、使ってもいいだけのポジションを得られるかに実用化の成否がかかっています。
決定的な治療なのではなく、従来の電磁波では難しいところを補完することができるのかどうかそういうゴールを狙うべきものです。
といっても、まだまだハードルは相当高いものがあります。