2017.5.14.



世界では圧倒的に普及し、実用性の高い分子標的薬

これからどこまで開発の裾野が広がるのか
まだまだ、実力の程は、ボチボチながら
日本では、メディアを中心に夢の新薬と騒がれた
免疫チェックポイント阻害薬


免疫チェックポイント阻害薬も
分子標的薬の一種というべきでしょうが
どうせ、薬の名称というのは、時代ごとの
背景を踏まえて、ある意味、適当に命名されることが多く
分子標的薬というのも、日本独特の言い方です。

全ての物質は、特定の物質を中心に反応するのであって
つまり、すべての薬物は、特定の分子を標的にします。
なので、一般的な抗がん剤だって、特定の分子を標的に
しているのです。

英語では、BIOLOGICALS と称します。
つまり、生物学の知識に基いて、デザインされた薬
という意味です。
免疫チェックポイント阻害薬も、典型的な
生物学の知識に基いて、デザインされた薬です。



それはともかく、日本では、分子標的薬と
免疫チェックポイント阻害薬、という風に
分ける言い方が定着していますので
それに合わせます。



分子標的薬は、
「より危険な性質のがん細胞が、よく過剰発現している物質」を
標的にするのが基本です。

より危険な性質とは、転移性向や浸潤性向、浸潤性向と表裏の関係に
ありますが、巨大な腫瘍を形成しやすい能力、などです。

がん特異物質、つまり、がん細胞に特有で、正常細胞には発現しない
標的物質が、一つでも存在すれば、「特効薬」をつくることができますが
そんな「本当に」夢の新薬は、一つも存在しません。

そこで、危険な性質をもつがん細胞ほど、「多い目」に発現している
物質に目をつけたわけです。 

がん細胞だけにダメージを与えることは不可能ですが
危険な性質を持つがん細胞の特性を、少しでも打ち消すことで
治療効果を狙うものです。

基本的に、分子標的薬は、免疫細胞の増殖信号や活性化信号は
ブロックしませんので、直接、免疫系の活動を低下させるような
作用はもちません。

分子標的薬で主要なタイプは
血管新生阻害と増殖信号抑制ですが、
血管新生阻害剤の方が市場化は先行し、
先に普及していきました。
もっとも、治療上、より重要なのは、増殖信号阻害です。
つまり、細胞分裂のスピードを緩めるものです。

がん細胞は、

増えるから困るものであり、散るから危険なものですが

「増える」という特性にブレーキをかけることで、
がん治療全体の趨勢を有利にもちこもう、と言う発想です。
ただし、薬剤自体に、がん細胞を殺す機能はありませんので
体内の免疫細胞が、がん細胞を傷害することを期待する
という設計になっています。

低分子化合物の場合は、ひたすら、増殖抑制機能を。

抗体を用いてつくられる分子標的薬の場合は、
NK細胞の攻撃力を高めるADCC活性をもつものが
最優先で開発ターゲットとなります。

この免疫系がん治療薬の代表格であり
世界標準のADCC活性機能をもつ分子標的薬を
なぜ、日本のメディアが、免疫チェックポイント阻害薬以下の
扱いしかしないのか、全く理解に苦しみます。



さて、増殖信号を伝達するシステムの解明は
1970年ころから、基礎が築かれはじめ
90年ころにはピークを迎えます。

こうした一連の生物学的な知見から
増殖信号を伝達するレセプターである
EGFR(HER1) と HER2
この二つが徹底的に注目されました。

前者は、浸潤性向が強く、巨大な腫瘍を形成しやすいがんにおいて
後者は、遠隔転移性向が強いがんにおいて
過剰発現されていることが多いわけです。


HER3もあれば、HER4もあり、他にも数十種類の
増殖信号の伝達に重要な役割を果たすレセプターが見つかっています。

このどれかを止めれば、薬効がでるだろう、と
徹底的な開発が行われ、数百品目もの分子標的薬が治験に入り
日本にも、数十品目ほどが、一部特定の部位に限定して
保険適応になっています。

特に、HER2というのは、正常細胞での発現が低く
危険ながんの何割かが、びっしりと過剰発現しるので
恰好の標的となります。 

血液中に、HER2が、そこそこ溶出していれば
ある程度、「それは危険ながん細胞から流れてきた可能性が高い」
と言えるわけです。

EGFRの場合、正常細胞も、かなり大量に発現していますので
血液中のEGFRの破片などを、そのまま測定しても
診断には使えません。 
がん細胞から溶出したものがあったとしても
正常細胞から溶出されたものと区別がつかないからです。


こうした臨床上の意味が、最初から見えている標的を狙って
徹底的に開発されたのが分子標的薬ですから
「筋がいい」わけです。

薬の値段も、免疫チェックポイント阻害薬より安価ですが
薬の値段と効果とは、直接関係するとは限りません。
分子標的薬の方が、値段を抑えてきた理由の一つは、
ピンポイントに正常細胞には発現が少ない物質を
狙っているからこそ、投与量が少なくて済む、
ということがあります。
また、「筋がいい」標的を狙って開発された薬は
開発費を抑えることもできます。



一方、免疫チェックポイント系の創薬は
免疫細胞のレセプターを狙うものです。


ところが。

免疫制御システムは非常に複雑です。

大きな問題が二つあります。

特定の単一物質を投与しただけで、人体の免疫システムの
活性レベルを安全に、かつ適切に強く活性化する
ということが、今日に至るまで実現されていません。

二つ目は、同じく、単純な物質の投与によって
免疫システムを、がん攻撃だけに向かわせる、
これも、今まで、一度も成功していません。


まず、免疫チェックポイントというのは多数の種類があります。
その一つに作用する薬を投与して、それで、免疫システム全体の
制御ということ自体に、無理があるのです。

免疫チェックポイントには、信号が入ると、活性化を促すもの
活性の低下を促すもの、また、信号物質によって活性化を
促す場合や、活性の低下を促す場合の両方があるものもあります。

もっとも初期の開発は、免疫チェックポイント刺激薬でした。

代表的なものがインターロイキン2や、
インターフェロンであり、さらにTNFαなどが続きました。

これらは、マウスの実験ではうまくいくのですが
人体に投与すると、大量だと腫瘍が壊死を起こし、再発しない
こともある反面、副作用も強烈で、投与量を減らすと
効果がなくなります。

効果と安全のバランスを取るのが難しく、それでも
承認に漕ぎ着けたものもありますが、当初、大騒ぎされた
「バイオテクノロジーで、がんは治る」という「夢」からは
ほど遠いものとなりました。



CD28を狙ったプロジェクトもありました。
免疫細胞表面のCD28に結合する抗体を投与したのですが
免疫細胞が活性化はされるものの
効果が強すぎ、次々にサイトカインストームを起こし
治験は中止されました。

他にも候補物質は沢山あり、その中で一番、実用化されそうか、、、
ということで目をつけられたのが、PD−1 です。
免疫細胞表面のPD−1 と、標的細胞表面のPD−L1が
結合すると、免疫細胞の攻撃力が低下する傾向はあるのですが
PD−L1は、がん細胞特有の物質ではなく、PD−L1を
発現するがん細胞は「少数派」です。
つまり、多くの場合、効果は期待できない、ということです。
キートルダーは、オプジーボより奏効率が高いような
言い方をしますが、キートルダーは、最初から
PD−L1を発現しているかどうか、検査してから
投与するので、当然、奏効しやすい患者さんに絞って
投与すれば、見かけの奏効率は上がります。
オプジーボもPL−L1を発現している患者さんに
限定して投与すれば、奏効率は上がるはずですが
当然、「売上」は減少します。
投与対象となる患者さんが激減するからです。

一方、PD−1の方ですが、PD−1に信号が入るのを
ブロックすれば、確かに、T細胞の一部の細胞傷害活動が
活発化するようですが、T細胞というのは、がん細胞と
正常細胞を認識する能力をもちませんので、当然、
漠然と活性化すれば、正常細胞も攻撃します。

PD−L1は、正常細胞にも見られ、実際、
筋肉組織には多く発現してますので
オプジーボの副作用に、筋ジストロフィー、
重症筋無力症、心筋炎、といった筋肉組織を
免疫細胞が攻撃することで発症する
自己免疫疾患が発症するというのは
理屈が合っています。


さて、免疫チェックポイント阻害薬は
値段が高いことが話題になります。

値段が高いのは効果とは必ずしも、関係ありません。
少なくとも、薬の値段は、効果に比例するとは限りません。


原価率が低い、化学合成された医薬品の場合
類似薬効比較により、既存の承認済医薬品の効果と
新薬の効果を比較考慮して、薬価算定されていく
という仕組みはありますが、生物由来の新薬や
バイオテクノロジーを駆使して生産される新薬の場合
一般に、原価が高いわけです。
これを薬効比較だけでやられると減価割れということも
あり得ます。 原価積み上げ方式、により
製造事業者の収益を確保する、という仕組みもあるわけです。

免疫チェックポイント阻害薬は、体内の正常細胞に
広く分布する物質を標的にしますので、「大量」に
投与する必要があります。
正常細胞にも、薬を吸着されるからです。

その点、危険ながん細胞に集中的に
発現しているHER2とは大違いです。




ここまで整理すると。


危険ながん細胞に、より特徴的に過剰発現している
標的を狙って開発された分子標的薬は、ねらい目、
筋目がいい、ということです。
より少ない投与量、少ない開発経費で、分子レベルの
反応が、臨床上の効果に直結しやすいのです。

免疫チェックポイント阻害薬の場合は、免疫細胞表面の
レセプター(チェックポイント)を総なめに調べながら
開発されてきましたが、そんな単純に、ここのボタンを
押せば、免疫細胞が一斉に、がん細胞だけを攻撃する
という便利なものはみつかっていません。
複雑な制御システムに、薬を放り込むのですから
ピンポイントな効果を狙えず、相応の副作用も
ついてきます。 そして、何より、開発コストのみならず
製造コストが高くなります。 大量に投与しないと
効かないからです。