2017.1.21.



国会では、生前退位問題が
審議されています。

そもそも、なぜ、こういう話が
でてくるのでしょうか。


「ご本人」におうかがいしたことは
ありませんが、身近におられた方々の
お話をうかがうと、なるほど、確かに
生前退位を認めてほしい、と願いたくなる
のは当然という事情がありました。


きっかけは、「殯(もがり)」の儀式を
何とかしてほしい、ということのようです。


人が亡くなると、その復活を信じ、祈り、
ここまでくれば、どうあっても復活は無理という
ところまで、近親者が遺骸の近くに侍り続ける
こういうのを「殯」というのですが
死後、どれくらい続くのかというと、
数週間ということもあれば、数年に及んだという
記録もあります。

これを経験した人は、今現在、ほとんどいらっしゃらない
でしょうが、想像しただけでも、すさまじいものがあります。

身内が亡くなり、ただでさえ悲しいのに
一緒に暮らしていた人の体が、異臭を放ち
朽ち果て、白骨化していくのを、すぐ近くで
見ている(嗅いでいる)というものです。


日本にも風葬の風習はありましたから
遺体が白骨化していく様は、案外、日常的に
見ていたのかもしれませんが、天皇家の場合
実際には、崩御のはずが、復活の可能性が
残っているのを信じる、ということは
つまり、期限が明確でない天皇不在の時期が
続くということになります。

これは継承者を巡る戦いの元になる
ということで、持統天皇時代に、中止されたと
されています。

それをわざわざ、明治維新の際に復活させてしまった。


昭和から平成に変わる際
この持統天皇以前の時代の儀式が
執り行われたわけです。

 いやあ、、、 勘弁してくれ、、、 

普通の人間ならそうなりますね。


天皇として死を迎える限り
今の制度では、このどーしよーもなく
辛い儀式が執り行われることになる。
これは自分の代でやめにしたい、、、

当然の動機ですね。

といっても、象徴天皇は憲法で
基本的人権が与えられておらず
参政権もなければ、政治不介入です。

あの法律、こう変えて、とやると
憲法違反の可能性がありますので
慎重の上にも、慎重なご発言となります。

皇室典範の条文に、1行ほど書き足すだけで
生前退位は可能になるはずで、天皇として
死を迎える人がいなくなれば、この儀式を
執り行わなくてすむ一番、手っ取り早いやり方
ということのようです。

摂政を置いたのでは、結局、この儀式は
亡くなりません。

そもそも、天皇が政治的な権限をもつからこそ
摂政というのは意味があり、現憲法下で
摂政をおいても、本来の意味はありません。


もちろん、あの儀式なんとかしてくれ〜〜
という話にはなっておらず、あくまで
象徴天皇として、

慰霊
被災地慰問
海外の元首クラスへの表敬

主にこの三つを古代より連綿と続く
様々な儀式の合間を縫ってこなすわけですが
精神誠意本気でやってこられた
それはあくまで本人だから意味があり
代理を立てるのでは意味はない
となると、体力的に無理になってきたら
退くべきである、と、まともに聞けば
反論の余地ない筋を通されておられます。

こうなると、皇室典範の1行付加という
民進党案が、一番、現実的で、陛下の
ご意向に合っているように思えますが
議員の中には皇室関連マターに
執拗に持論を展開するグループがあり
あくまで立法措置、それも特例措置という
主張が続けられてきました。


これでは、いずれまた、激務の果て
最後まで公務を尽くされた天皇のご崩御のあと
想像を絶する儀式が繰り返される可能性が残ります。


今の時代、現役の国家元首が亡くなる
というのは異常事態です。


リビアのカダフィ氏や、イラクのフセイン氏のような
武装勢力による殺害というのもありますが
ベット(畳?)の上で、静かに息を引き取られる
となると、各国から葬送の儀式に元首クラスが
訪問する大騒動になります。


大統領や首相が国家元首の場合は、任期が切れて
退任ですので、暗殺事件や事故でもない限り
そうめったに現職の元首が死亡ということはありません。

日本の天皇のほか、英連邦諸国の国家元首を兼任する
エリザベス女王をはじめ、現職が続く見込みの元首は
そう何人もいません。

昭和天皇崩御の時には、実は、もっと早く息を
引き取られていた、という説が、週刊誌などにも
流れていましたが、その背景にあるのは、
世界各国の相当大勢のVIPの予定に影響を与えるので
ある程度、「日程調整」して儀式を組んでいかないと
大混乱と大迷惑になる、というものです。

主治医は私の身近な方だったのですが
その方からのお話は何も申しません。

ただ、噂として流れていた「D デー」には
皇居を見下ろせるビルから、輸送ヘリが1機
皇居に着陸し、習志野の第一空挺団の精鋭ヘリボーン部隊
16機だったですかね、数字の記憶がうろくなってきましたが
かなりの大編隊で護衛するなか、最敬礼を表し、
大きな「箱」を空輸していく様子を
敬礼をしながら見送ったのを覚えています。