2008.11.27.


医薬品業界の首領(ドン)というと、Sir Richard Sykes と、Mr.Jan Leschly の二人。

サイクス氏は、今もGSK(グラクソ・スミスクライン・ビーチャム)という武田薬品より一桁規模が大きく、製造業収益番付では、かつて、トヨタ自動車などを押さえ、堂々首位の座を守り続けていた会社の現役ボードメンバーです。 この会社の最近のニュースとしては、日本のプレパンデミックワクチンは、どう考えても効果があるはずないので、自分達の高性能アジュバント入りワクチンに変更しましょう、と、厚生労働省に売り込みをかけています。 

リシュリューの方は、スミスクラインのCEO(最高経営執行責任者)時代に、スミスクライン社が、グラクソ社に買収された際に、製薬業界の表舞台からは引退し、以後、Care Capital の経営をやっています。二人とも、所謂、エスタブリッシュメントであり、ヨーロッパ貴族の伝統的なエリート天才教育を受け、ジェネラルモータースや、有名なIT企業をはじめ、他業種のトップ企業の役員や、大学の客員教授などを歴任してきました。

こういう純粋な紳士たちとはまた趣を異にする古くからの業界の首領達が、イタリアに根を張っています。 以前、明日、書きます、といって書かなかった、イタリア製薬業界の親玉との会食のことを、書かせてください。 


ミラノへ行った人なら、大抵、誰でも訪れるドゥオモ(ドームのイタリア語ですね)。 何度みても迫力ありますねえ、ワンパターンのようでも、ミラノへ行けば、一見の価値ある建物でしょう。 そこから、有名なカフェやブランド店が並ぶアーケードを抜けたところにスカラ座があります。 スカラ座そのものの方が有名なのかもしれませんが、ここでオペラを見てから帰ると遅い時間になるので、簡単に食べれるファーストフードとして、ピザという食べ物が考えだされたのである、と、ジモティーの方から聞いたことがあります。 

このスカラ座の周辺には、一流のレストランが集中しているのですが。 
地図にはもちろん、地球の歩き方には、絶対に載ってませんし、玄関の前に立っても、そこがレストランであることは分かりません。 地味な扉が突然開いて、まあ、相言葉をかけるとギーッと開くのかと思っていましたが、普通に、鍵を開けてたようでした。 大抵、すぐに地下へ降りていく構造になっています。 降りたところは、バーと相場が決まっています。 春頃、訪問すれば、名物の小さな野イチゴを浮かべたスパークリングワインを楽しみます。(シャンパンと言おうものなら、馬鹿にされます、あれは、スパークリングワインの中でも、品質が劣るフランス製のもので、その中でも、シャンパーニュ地方で作られたもののことを言うのだ、と、諭されたことがありました)  

ちなみに、パスタを食べる時に、日本人がよくスプーンとフォークの両方を使って食べていますが、あれも、ミラノでは馬鹿にされます。 ナポリやローマの食べ方、つまりラテン人の食べ方だというのです。 うん? ミラノって、ラテン人ではないわけ??  などと言おうものなら、とことん馬鹿にされます。 歴史を知らんのか、と。 ミラノは、ローマがまだ、村だったころから、立派で巨大で、進歩したケルト人の都市である。 今日の住民も、まあ、半々くらいの割で、ケルトとゲルマンの血を引いている、髪の毛の色が違う? あれは、単に染めているんだ、という説明でした。 なんでも、ミラノはヨーロッパを代表する都市で、市民はよく働く(実際、勤勉な人達だと思いますよ)、ローマとかナポリとか、パレルモとか、ああいった、北アフリカ地方の連中とは違うのである、と言うのですね。 ううん、ドイツの人達は、ピレネーとアルプスを越えた先はアフリカである、と言うけど、など言おうものなら、もう喧嘩になります。 私自身は、何度も東アフリカを訪問し、どう見ても、こっちの人達の方が文化的にオリジナルである、ヨーロッパ人は、真似をしただけにしか見えないのですが、、、。
話がそれまくってますが、そもそも、伝統的ミラノ料理の「リストランテ」へ入ると、パスタは出てきません。 普通、イタリア料理ならスパゲッティを期待するわけですが、そんなものは、南の料理なのであって、北イタリアは、リゾット(米)と肉が主食で、パスタや魚介類は「外国」の食べ物なのです。

さて、その地下、伝統的北イタリア流リストランテに集まった面々は、日頃、お世話になっている医薬品メーカーの代表達なのですが、例えば、ジョルジョ・ピサーニという人がいました。 ミラノの中央駅、かつてムッソリーニが演説を繰り返した荘厳なスタチオーネ・チェントラーレのまん前、ミラノ最大の目抜き通りがvia Pisani (ピサーニ大通り)。 目抜き通りとおんなじ名前の人です。 ベネチアの最大の名所、サン・マルコ大聖堂、かつて、メディチ家が発行した、これをお金で買えば罪が許されるとした、免罪符を売って、それで儲けたお金で建てた大聖堂ですね。 ここに歴代ドッジ家のファミリーの肖像画がかかっています。 ドッジ家は、ベネチアの富の半分を押さえていたといわれる大ファミリーですが、シェークスピアの名著、「ベニスの商人」に出てくるシャイロック銀行のモデルであるという説もあります。 一度、エーザイの皆さんをベネチア観光にご案内した際、その中のお一人が、この肖像画みんな似ているけど、ピサーニさんにそっくりである、と、気ずきました。 そうなんです、ピサーニさんという方は、ドッジ家の直系です。 元々、バンク・オブ・ローマという銀行の役員をやっていたのですが、急遽、抗生物質製造会社という分かりやすい名前の会社、ソシエテ・プロドッチ・アンチピオチッチS.p.A. のDirector (日本の社長ですね)に指名されたのです。 

さて、普通に考えれば、製薬業界の名だたる企業の社長さんが集まっているんですから、一番、偉い人の集まりのようですが、この日は、社長さんたちが、ドンと呼ぶ人が、主賓なのです。 ドクトーレ・フェラーリという方であることは知っていましたが、主賓の登場が近ずくと、全員、ピンと背筋を伸ばし、異常に緊張しています。 そんな偉い人なの? と、ボケッと聞いてしまいましたが、日本人だから知らないのだろうけど、、、 ゴッドファーザーなんだから、、、 と、ポソリと呟かれました。  ふううん、名前をつけてあげた父、名づけ親ということで、身寄りのない若い衆を引き受けて、ファミリーの絆を固めていく、そういう世界のボスのことをそう呼ぶ訳ですが、ドッジ家の直系子孫が、ペコペコする人がいるというのには驚きました。 もちろん、この時、ゴッドファーザーという言葉を喩えで使っていると思ったのでした。

このフェラーリという人物、売上せいぜい30億円位の医薬品メーカーのオーナーさんでした。 リンパ球バンクより一桁大きいですが、医薬品メーカーで売上30億円というと、部どころか、課にもならない、大きさに過ぎません。時価総額という企業としての価値も、数億円位の買収評価額がついていた会社でした。 ところが、フェラーリさん本人は、スイスのお城に住み、社有車ならぬ、社有機であるジェットヘリで通ってくるのです。 どう考えても、ジェットヘリの方が、会社より、値段が高いような、、、 

いよいよゴッドファーザーが登場すると、緊張は最高度に達し、更に、緊張を通りこして、この神聖な場に居合わせた至極の悦びに包まれた空気へと変わっていきます。 サイクスや、リシュリューのような才覚はないのでしょうが、場を一発で変える圧倒的な存在感があります。 全員、不動の姿勢で直立。 日本みたいに頭を下げる風習はありませんし、右手を高く前方に突き出すように上げるローマ式敬礼をする訳でもありません(あれ、第二次大戦のドイツ軍のオリジナルスタイルと思っている人がいますが、伝統的ローマ様式なのです)。
ただ、ひたすら、ゴッドファーザーをお迎えするに相応しい場となるよう、そういう空気をつくる存在として、その場に直立しているのです。 

やがて、ゴッドファーザーがテーブルの前に立ち、右手を上げます。手の平を
こちらに見せて、ですね。 これを合図に、皆が、サッと、挨拶をするのですが、体を動かすのではありません。 空気で、挨拶を醸し出すのです。 まず、ゴッドファーザーが着席し、改めて、右手を払うように動かすと、皆が着席します。 
そして、ワインを、もちろん、フェラーリとかかれたワインを注がれ、乾杯するのですが、背筋は当然、ピンと伸ばし、グラスの細いところを、やはりピンと伸ばしきった指で持し、上流階級特有の仕草である、脇を完全に開けた姿勢で、グラスを前に掲げます。 そして、一番、大事なこと、これができないと、お前はこの場に相応しくない、と、追い出されてしまうのですが、はっきりと、焦点を合わせ、お互いの目と目を合わせ、目で会話をします。 もちろん、まずゴッドファーザーと。そして、ファミリーの全員とお互いに、一人ずつ、しっかりと、目と目を合わせていくのです。 最初に、全員で、イタリア語でいう乾杯、「チンチン」といいます。 これ知ってはいても、ゴッドファーザーの前で、大の男が、くそ真面目な態度で、目と目を合わせ、見詰め合って、チンチンと言うのですから、気をつけないと、噴出してしまいます。 そこからは、厳かな食事を共にする時の始まりです。  あのイタリア人が、ベラベラとは喋らないのです。 

こうして、食事を共にする、ということで、お前も仲間である、ゴッドファーザーに認められたファミリーである、という儀式を済ませたことになるのです。


その時は、お客さんと、夕ご飯を食べる、位の感覚だったのですが、後から、
冷静に考えると、、、、  ゴッドファーザーを、どういう意味で使っていたのか、
真相を理解するには、今しばらく、医薬品業界での経験を積むことが必要でした。

ところで、こういう人達、自分達の会社で製造して販売する薬と、自分達自身が病気になった時に使う薬が、全然、違うのです。 !?!? 最初は、どうなってるのかよく分からなかったのですが、西洋医学といっても、ヨーロッパには考えを根底から異にする二つの医学が存在し、その一つは自分達用、もう一つは、日本人が、西洋医学なんだ、と思っているものなのです。