2008.11.19. 昨日は面倒くさい話で失礼しましたが、今日は匂う話をさせてください。特異的でも非特異的でも、どっちでもいいのですが、どうしてNK細胞は、がん細胞と正常細胞を区別できるのか、これがなかなか研究者の間でも受け容れ難いようです。 一種類の抗原物質があって、一種類の認識アンテナのようなものがあって、つまり一つの鍵穴と一つの鍵があって、それでこれは標的だ、いや違う、と認識する、こういう話の方が理解され易いようです。 
 
ところが現実の自然はそんな単純ではありません。キラーT細胞だって、一つの抗原を認識しているのではないのです。 それはまた獲得免疫の項目に譲るとしましょう。  量子力学の大家であるニールス・ボーアが、湯川秀樹博士に、「日本の学生には、どうやって、相補性の原理を教えているのか?」 と質問したところ、「日本にはアリストテレスの汚染は存在しないので、何の苦労もなく、すんなり教えることができる」と答えたそうです。 GHQの御指導以降、日本人の意識にも徹底してアリストテレス哲学のエッセンスが植え付けられましたので(アリストテレスの偉大な全体像は教えませんが)、湯川先生の時代のようにはいきません、ここで、相補性の原理について説明するのは大変なのでやめておきます。 要は、因果律、つまり一つの原因があって、一つの結果が一義的に決定される、結果は原因の函数である、原因があって結果がある、というアリストテレスの考え方が、当たり前に定着し、(現実の自然界では、因果律が成立していないことが分かっています)、免疫反応まで、一対一の関係で捉えるようになってしまったのです。
 
で、日常的な感覚である、匂い(バラの香りは匂いますが、糞は臭います)とか味とかはどうでしょうか。 一種類の物質で、一つの香りや味がするのでしょうか。 味は意外と単純です。匂いはとても複雑です。 そういうと料亭の人は怒るかもしれませんが、味覚は意外と単純に単一の物質によってひきおこされます。 もちろん、美味という、微妙なバランスはあるのですが、とりあえず、一種類の物質の刺激だけで、一種類の明確な味覚を感じます。 匂いはもっと複雑で、たとえば、どんな家にも特有の匂い(臭う家もあるでしょうが)があり、二つと同じ匂いはないですよね。人の匂いもみんな違いますよね。 でも、味はそう種類はありません。 味は、甘み、苦味、辛味、酸味、うま味、と言葉にできます。 甘みにもいろいろあるのですが、一応、甘みという一つの言葉で括れます。 匂いは多様すぎて、言葉にできません。 ブドウ糖という物質、この物質をキャッチする甘みレセプターというのが、舌のミライという器官に存在しています。舌全体ではなく、意外と味を感じるスポットは、小さな点でしかないのです。 味を感じる点がいくつか散在していますが。 ブドウ糖が甘みレセプターに結合すると、「甘い」と感じるのです。 ブドウ糖以外の糖も、構造がよく似ているか、構造の一部にブドウ糖を含むので、同じようにレセプターに結合するのですが、一番、バランスよく、また強く甘みを感じるのは蔗糖、いわゆるお砂糖です。 果糖は蔗糖ほど美味しくもなく、甘くもないのですが、温度を下げても甘みが落ちないので、冷たく冷やすドリンクやアイスクリームにはお砂糖ではなく、果糖を使います。 蔗糖、ブドウ糖、果糖、ほかにキシロース、ラムノースとか、いくつも糖がありますが、並べて一つずつ口に入れ、その場で比べてみれば違いがわかりますが、ただ、口に入れて、この甘みはなんという糖だ、と、違いが分かる人は滅多にいません。お互い、よく似ている味です。 また、お酢が結合する酸味レセプターというのもあります。 この酸味レセプター、甘みレセプターの一部分と同じ構造をしています。 甘みレセプターに、Aという部分とBという部分の二箇所があるとすると、酸味レセプターはAという部分だけをもっています。 レセプターの構造が似ているので、甘み、と酸味は拮抗する、お互いに打ち消しあいます。 大阪のお寿司のお米は、東京の3倍もの酢を入れ、低温でもご飯が硬くならないようにします(低温の方がお魚が臭くならないからです、温度を低くして握るので、お皿に盛って、ゆっくり食べます。東京では、シャリの温度が高いので、お魚が臭くなる前にすぐに握って、手渡しでいきなり食べるのです。今は回転するのが増えましたが)。 でも三倍もお酢を入れるとさすがに刺激好きの大阪人でも酸っぱくで我慢できません。 そこで、砂糖は二倍入れるのです。すると、酸っぱくさも甘さもどちらも抑えられるのです。 
 
さて、ミラクルフルーツという中米地方特産の果物があります。その実を口に放り込んで暫くしがんでみたのですが、何の味もしません。ところがミラクルフルーツの成分は、甘みレセプターのBの部分に結合しているのです。 そこへお酢を飲むとどうなるか。 お酢は甘みレセプターのAの部分に結合しますから、甘みレセプターのAにお酢、Bにミラクルフルーツが結合し、「甘い」と感じるのです。 もう、ゴクゴクと甘いお酢を飲むことができます。 これくらい、一発で誤魔化されるほど、味は単純に、特定物質に反応して起こる感覚なのです。 NK細胞は、がん細胞の味を見ているのではない、という感じがしますね。
 
では、匂いはどうでしょう。こちらは、実にバリエーションに富んでいます。匂いの中でも、フルーツの匂いは割りと単純で、りんごの香り、とか、バナナの香りを作ろうと思えば、お酢の一種、脂肪酸とアルコールを混ぜ、硫酸を加えて少し振れば、すぐにそれっぽい匂いが発生します。脂肪酸とアルコールの種類を変えることで、次々に色んなフルーツの匂いをつくれます。 マツタケの場合も、炭素八つと酸素一つ、それに水素だけでつくられた物質で、まず素人なら、新鮮なマツタケだと思ってしまう程、それらしい香りをつくれます。  ですが、香水の香りは、大変、複雑です。 あれは元々、人が人の体臭を識別する仕組みを利用したものなので、原料はとんでもないものを使っています。 人間が放つ臭いが元なのですから、大体、想像がつくと思いますが、作っているところを見ると、とても、香水を買う気にはならないような原料からつくっているのです。 で、沢山の種類がありますし、それぞれのブランド毎に、ナンバーがあり、それぞれ独特の香りがします。 ところが、元の原料は、そんなに違わないのです。 何が違うかというと、組み合わせです。 微妙な組み合わせの妙、なのです。 それも原料の一つ一つの匂いを別々に嗅ぐと、ぜんぜん、香水のような匂いはせず、むしろ明確に、「臭い」がします。 なんで、こんな臭いのを混ぜていくと、結果的に、あんな豊かな香りになるのか、今でも不思議です。 犬は、人間の何万倍も嗅覚が鋭いと言われますが(ティラノサウルスは犬より遥かに嗅覚が鋭かったんだそうです、なんでそんなこと分かるのか、単に、脳の中で嗅覚を司る部位が異常に大きいから、そうなんだ、と、専門家が思っているようです)、野生動物には敵わないとはいえ、人間だって、無茶苦茶鋭いのです。 香水クラスともなると、どの物質をどれ位の比率で混ぜれば、こういう匂いになるのか、ということは、どんなに高級な機械で分析しても精度が追いつきません。それ位、僅かなバランスの差で、全然、違う香りになります。 人間の鼻はどんな高級精密分析機器より鋭いのです。 なので、香料を調合するメーカーは、人並みはずれた調香師、フレーバリストを抱えており、人間の鼻で、新製品の開発や、既存商品の品質管理をやっています。
 
たまたま、色んなフレーバー、ミートフレーバーやコーヒーフレーバーが主な用途なのですが、そういう特殊なフレーバーを色々とつくることができる特殊な物質のマーケッティングを担当したことがありました。 医薬品の原料と思って、生産を開始したのですが、何故か、世界の名だたるフレーバーメーカー全てから引き合いがきたので、後から、最高の合成フレーバー原料であることが分かったのです。 スイスのフィルメニッヒ、ジボダン、英国のPPF、オランダのナルデン(今は、PPFと合併してクエストになってますが)、アメリカのIFF、これが当時の五大フレーバーメーカーで、日本にも高砂香料、長谷川香料、小川香料、などがいるのですが、全然、規模が違いました。 この五大メーカーの本社研究所に呼ばれ、世界の一流ブランド品の原料を調合する心臓部の中まで案内されたのです。 そこで、トップフレーバリストと呼ばれる人達、五大メーカーに一人ずついらっしゃったのですが、全員と面談をしました。 事前に、トップフレーバリストと会うなら、鼻を赤くしていかないと業界人ではないと、馬鹿にされる、と聞いていたのですが、何の冗談かと思っていました。 ところが。 ほんとに鼻が真っ赤、というか、はっきりとしたショッキングピンクなのです。それもみんな巨大な鼻です。 調香の世界は、機械を超越した神業の世界、極度の集中が必要で、鼻に全神経を集中するうちに、鼻に血液が集まり、毛細血管が異常に発達して、真っピンクになるんだそうです。 今でも、デューティーフリーで香水を買うたびに、この世のものとは思えない不思議で、美しい真っピンクの巨大な鼻を思い出します。
 
さて、物凄く、微量の物質、それも、ほんの僅かな組み合わせの差、バランスの違いを識別する、生命のセンサーは、元々、そういう微妙なものが多いのです。味は単純と書きましたが、京都の料亭の微妙な味のバランスなど巧みの技が生み出す芸術は、やはり、機械では分析できない僅かな差で勝負するものであり、それを人は当たり前に識別できるのです。 塩と砂糖だけでも、僅かなさじ加減で味が全然かわってしまいます。 醤油の成分も、数百種類までは分析できているのですが、絶対をつけても、醤油を合成して、醸造醤油と同じ味を出すことはできません。 ヤマサ醤油の工場には何千という樽がありました。全部、味が違い、それを調合するのですが、全部の樽の味をちゃんと分かってやっているそうです。 そうしないと、お醤油を買うたびに味が変わってしまいます。 消費者は無茶苦茶鋭いんだそうです。 絶対、同じ味を出さないと、いきなりクレームがくるんだそうです。 米国ヤマサ工場をたちあげた時には、同じように製造しているのに、さっぱり香りがでなくてご苦労されていましたが、日本の樽のいくつかの壁を雑巾で拭き、それをこっそり米国工場へ持ち込み、壁を拭いたところ、銚子工場と同じ味が出たそうです。 少し日常を見渡せば、いくらでも、生命センサーの凄さを実感できます。 がん細胞のもつ様々なレセプターのバランスが、正常細胞のそれと微妙に異なる、僅かな塩加減、砂糖加減の差、それをNK細胞が見極める、それは京料理の味の機微を見極めるのと共通のものがあります。 NK細胞の認識センサー、メカニズムは、むしろ、ごくごく自然なものだと考えるのですが、如何でしょうか。