2008.12.17.
 
 
学生時代、週に1回、人工海水というものを作っていました。
水に塩を混ぜれば出来上がり、と言ってしまえばそれまでなのですが、
塩といっても種類が多いのです。 数十種類は混ぜるのです。
塩化ナトリウムや塩化カリウムは、なんぼでも溶けるのですが、
鉄などの重金属はそのままでは溶けないのと、混ぜる順番を
間違うと溶けなくなるので、10種類の液に分けて、それぞれの
「塩」を溶かし、あとから混ぜます。 
最後に、高圧ボンベで加圧しながら、
フィルターろ過して滅菌するのです。 
 
こんな面倒なことしなくても、海から海水を汲んでくればいいではないか、
と、ぼやいたところ、いや、学術研究は、成分が明確な培地を使う必要がある、
ということでした。 でも先生、これ、絶対つけても自然界にはありえない海水に
なってると思いますが、と反論したところ、そういうことを言うと学会では嫌われる、
という説明でした。  この海水を使って、カサノリという特殊な生き物を
培養? 栽培? 養殖? するのですが。
こないだ、能登の海まで、本物のカサノリ取りにいきましたが、
大体、うちの実験室で培養しているカサノリ、明らかに、実際の海に
生えてるのと、一見して違いますが、何か自然ではない
別物で研究しているような、、、、、、
そう言うと、もっと学会で嫌われる、んだそうです。
 
このカサノリ、一度見たら、まず忘れることはない不思議な形をしています。
ここに写真がないのが、このブログの不親切なところですが、その内、お絵かき、
お写真、などなど、おべんきょ、しますので、ご容赦ください。
顕微鏡でないと見えない胞子から育てるのですが、うまく育つと、
体長十数センチにはなります。
これで、一個の細胞です。
長さ十数センチの巨大細胞なのです。
しかも、この大きさで、核が一個しかありません。
これを使って、細胞内物質循環や微小構造物の配置転換、
また、核から放出されるRNAがどう振舞うのか、等など、
実験材料としては好適なのですが、何より、簡単に核移植や、
核内手術まで可能です。
 
ガラスを割って、鋭い刃をつくり、今度はそのガラス刃で、
ウサギの毛を縦に裂いて、数本以上に切り分けます。
これで、軽く、丈夫で、弾力がある鋭いメスのできあがりです。
このウサギメスをマニュピレーター(マジックハンドの複雑な奴)に
セットし、核が逃げないように、ガラス管をバーナーで炙って
引き延ばす方法でつくったキャピラリー(細管)で軽く吸い込み固定します。
こうして、手術をするのです。
 
 
それにしても、こんなに何十種類も塩を入れないと駄目なのか、
と、美人教官に問うと、それはやってみた、と。 やっぱり、必要なんだ、ということです。
いくつか、抜いてみたところ、カサノリがちゃんと育たない、と。
 
かつてオーストラリアで羊の膝の病気が多発することが問題となっていました。
なかなか原因が分からなかったのですが、オーストラリアの表層土壌には、
重金属セレンが極端に少なく、セレン不足となった羊が病気になることがわかりました。
セレンには強い毒性があります。 ところが、生きていくのに、僅かだけ必要なのです。
べロン、とセレンを羊に舐めさせると死んでしまうので、セレン添加培地で醗酵させた
酵母を餌に混ぜて与え、問題は解決しました。
 
砒素も猛毒ですが、これもやはり、生きていくのにごく微量、必要な物質です。
亜鉛も少し、必要です。 ただし、大抵は、わざわざサプリメントとして取る必要は
ありません。 生きている物(生きていた物ですね、踊り食いでもしない限り)を
食べれば、この手の微量だけ必要な物は、必ず、十分量、含まれています。
むしろ、取りすぎると害があります。 
 
塩とか、金属とか言ってますが、一般に通用している名称で総称すると、「ミネラル」です。
植物といえど、水、炭酸ガス、太陽光の他に、ミネラルはどうしても必要です。
カリウムはカリウムとして与える以外に他なく、ナトリウムを与えたから、ナトリウムから
カリウムを作る、ということはできません。 有機物であれば、何を食べても食べ過ぎたら
脂肪に変わるのと同じで、炭酸ガスと水、それに窒素があれば、殆ど、どんなものでも
合成することができます。 ところが、ミネラルは必要なものをそのまんま与えないと、
カサノリに限らず、植物は生えてこないのです。
 
私達、人間の体液に含まれるミネラルの成分比率は、ナトリウムとか一部、大量に
含まれるものを除くと、ほぼ、海水のミネラル比率に近いものがあります。
海で生まれた生命は、陸上に上がったあとも、海水中のミネラル比率を
維持しているのです。 
 
 太古の海の記憶を、今も持ち続けているのです。