2008.12.28.


今年、ライフサイエンス関連で、
もっとも国内メディアの注目を集めたのは、
iPS細胞でしょう。 昨年から引き続き、
ということですが。

サイエンスの世界もまた、実は、あまり「科学的」な社会ではありません。
株のバブルと同じで、フィーバーすると、メディアが囃し立て、
お金も集まるので、人材も群がります。 iPS細胞の研究に特化した
大規模な研究センターの建設も予算化されました。
iPS細胞を扱う研究者の数が余りにも急増したので、
各々が作成したiPS細胞を保管し、他の研究者からの要請に応じて
培養細胞を提供する業務を代行する研究機関も現われました。
(研究者同士は、よく、お互いがつくった細胞や遺伝子、蛋白質などを
 提供し合います)

結局、研究にはお金がかかり、研究者で商売がうまい人以外は、
研究予算を与えられないと研究どころか、生活もできないので
どうしても、研究のトレンドは、お金の流れによって決まってしまいます。
ところが、予算配分を決める人は、必ずしも研究の中身が分かるとは
限らないので、どこの国でも、よく、なんでこんなことに? というテーマに
予算が集中する傾向があります。 

ちなみに、iPS細胞は、繊維芽細胞などの体細胞(正常細胞)に、
数種類の遺伝子を導入することで、様々な細胞に
分化可能な幹細胞ができる、というものです。 

(繊維芽細胞が何かは、この際、気にしないでください。
正常細胞の一種で結構です。 導入とは、遺伝子を
細胞に中に入れ、定着させ、活動する状態にする一連の
プロセスをまとめて言う言葉です。 )

幹細胞は、自分自身は何も仕事をしませんが、
細胞分裂する過程で、様々な種類の細胞に分化していき、
結果的に、色んな組織をつくることも可能です。
幹細胞から、心臓の筋肉細胞をつくり、更に膜状に育て、
鼓動する筋肉膜をつくって、その膜を更に積層し、
心筋組織のようなものをつくる、など、実際に組織まで
作り上げる、という類の研究プログラムがいくつも進んでいます。 

体細胞は、細胞分裂の回数が制限されています。
つまり、寿命があるのです。 60回しか、細胞分裂できない、
とかですね。 (60回も分裂したら、1個の細胞が、10の18乗個、
つまり100京個の細胞に増えることになりますので、「しか」という
表現は適切ではないかもしれません)

なお、血液中を流れるNK細胞は、かなり成熟し、もう、余り分裂回数の
余命がない状態と考えられます。 残り10回丁度だと、1000倍に
増やすのが絶対的な上限となります。 
恐らく、もう少しは、あるのでしょう。

その点、幹細胞は、分裂回数制限がなくなっています。

がん細胞もまた、分裂回数制限がなくなっています。
そのため、体の外に取り出しても、いくらでも増殖させる
ことができます。

そして、がんの組織つくりは、がん幹細胞が
増殖することからから始ま、
がん幹細胞が、腫瘍組織を構成する様々な
がん細胞に分化していきます。
分化したがん細胞は、他の種類のがん細胞に
分化することはありませんし、がん幹細胞に
戻ることもありません。
そのため、再発や転移の元にはなりません。
腫瘍組織の源は、常に、がん幹細胞です。

さて、幹細胞にもステージがいくつかあって、
胎性幹細胞 ES細胞は、ヒトES細胞であれば、
一人の人まで成熟させることが、恐らくできるでしょう。
そのため、ES細胞は、一人の人間と考えられるので、
勝手に研究することは認められていません。
皮膚の細胞をとってきた場合は、人間そのものではなく、
元、一人の人間の一部を為していた構成部品と看做されます。
なので、どういう実験をしようが誰も何も言いません。
ところが、ES細胞は、人間そのものとして
扱わなければならない、つまり実験材料にしては
いけない、ということになります。

一方、もう少し、分化が進んだES細胞も沢山あります。
骨髄幹細胞を取り出して体外培養し、体内に戻すと、
損傷した脳の神経回路網を復活させ、重篤な
障害が回復する、という使い方もあります。

iPS細胞は、勝手に使ってもいい、皮膚から取ってきた
細胞などから作ることができ、しかも、ES細胞並に、
どんな組織にでも分化できる、ということが
ミソとされています。


しかし、実用に供するなら、人の障害を治すことに使うならば、
分化できる組織が制限されていても、本人の体内の幹細胞を
取り出して使うのが一番、現実的でしょう。
この場合、遺伝子操作は一切、行っていません。
体の中の細胞を取り出し、増やしただけです。
免疫細胞療法に近いものがあります。

一方、iPS細胞は遺伝子を加えており、体内の正常な細胞とは
異なる遺伝子構成を持ちます。 その分、不安定なところがあり、
培養中に、やがて、がん細胞が出現、増殖してしまいます。

標準的な iPS細胞の作り方では、加える遺伝子の中に、
c−Myc というものが含まれています。
この遺伝子、元々、オンコジーン、発ガン遺伝子として
大騒ぎされたものです。 繊維芽細胞に導入すると、
結果として、導入された繊維芽細胞が、がん化してしまう
遺伝子をスクリーニング、つまり沢山の候補遺伝子の中から、
探し、みつけてきたのが、ras とか、myc という
名前のついた遺伝子ファミリー群です。
実際には、発ガン遺伝子と思われたものは、大抵、正常細胞でも
活動していることが判明、発ガン遺伝子こそが、がん発生の
真犯人である、というほど、話は単純ではないことが
後から分かるのですが。 ともかく、発ガン遺伝子と
思われたものを探索するプロセスと同じようなことをやって、
iPS細胞は作られているのです。 

iPS細胞の培養を続けると、やがて、がん細胞が出現する、
iPS細胞の作り方から考えれば、当たり前のことです。

施設がつくられ、人が集まり、研究予算がついていれば、
そこから、細胞増殖に関連する遺伝子の挙動や性質が
わかっていく、そこから、当初、予期していなかった新たな
知見が得られる、それが、巡り巡って、がん治療の
ヒントになる、そういうことはあるかもしれません。

ですが、医療として、患者さんを治すことに主眼を置くので
あれば、iPS細胞の研究よりも、成人性幹細胞(骨髄幹細胞や、
脂肪幹細胞など、体内に沢山あります)の実用化に
研究資源を投入すべきでしょう。

iPS細胞の方が分化誘導できる組織の範囲が広い、
そんなことは、実用上はどうでもいいことです。
寧ろ、特定の組織にしか分化しない成人性幹細胞の方が、
安全です。 実際に使うときは、特定の用途毎の使い方を
するのですから、一つの細胞から、あれもこれも再生組織が
つくれる必要はありません。


細胞は、生きているのです。
ごちゃごちゃ、いじくり廻す、
特に、遺伝子を操作したら、
どう変化するかわかったものではありません。
なるべく、余計なことをせず、
複雑なテクノロジーを使いすぎることなく、
体の中に元々ある仕組みを、
ストレートに活かして、
治療に結びつける、
あくまでショートパス、
最短コースに徹するのが、
確度の高い治療と考えます。